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第9章 過去 / 第357話
「そういうエルヴァはどうなの?」
ガルニアは私を見てちょこんと首を傾げた。
「エルヴァの過去」
「わ、私……?」
私にはみんなのように語れるような過去は持ち合わせていない。唸り声を上げながら、遠い昔に思いを馳せてみる。
「私は親もあんまり構ってくれないし、兄弟もいないし、友達もいないし、いつも一人だった。読書と編み物だけを楽しみに生きてたの。それと……」
右腕にできた傷の跡に視線を移し、ぐっと口を結ぶ。
「お父様は剣術だけは教えてくれたけど、容赦なんてなかった。切り傷だって、いくつできたか分からない」
右腕を撫でながら、小さな吐息をついた。
「私には過去らしい過去なんてものが、そもそもないの」
私は孤独だった。きっと、みんなには理解できない空白なのだろう。その証拠に、サフィール以外は表情が曇ってしまった。
「でもさ、エルヴァはエメラルド城から攫われてきたんだよね? どうしてエメラルド城に?」
「あっ、それは」
当時のことを思い出すと、どうしても気持ちが沈んでしまう。口を尖らせ、私を密告した人物に心の中で文句を言った。
「私をエメラルドに売った人がいるの。たぶん、排除派。国なら私を殺してくれる、とでも思ったんじゃないかなぁ」
「でも、実際は幽閉されるに留まった、と」
オーリは何かを考え、小さく頷いた。
「排除派からしたら想定外、おれたちにしたら好都合、だったわけだ。その点は排除派に感謝しなくちゃ、かな」
オーリは小さく笑い、最後のローストポークを口に入れた。
「みんな、ご飯が冷めてるよ。早く食べちゃいなよ」
オーリは立ち上がり、食器を持って会議室から出ていった。私たちの過去に、何か思うところがあったのだろうか。
次いでラジエルも立ち上がる。
「僕もそろそろ部屋に戻りますね。エルヴァ、だいぶ血色がよくなりましたから、明日からは栄養剤なしで様子を見てみましょう」
ラジエルは私に微笑みかけ、みんなに小さく手を振った。もちろん食器は自分で片付けるスタイルなので、王子様であろうと誰も手伝わない。
会議室にはトライドールだけが残されてしまった。気まずいわけではないけれど、過去を聞いたばかりなのでいい話題が思い浮かばない。食事を済ませ、栄養剤を流し込む。皿をキッチンに運ぶと、トライドールの四人が会議室に残った。
「ねえ、トランプしようよ。せっかく時間があるんだし。あたし、持ってくるね」
颯爽と身を翻すガルニアを見送った後、トファーが小さく口を開いた。
「……相談があるんだけどよー」
そうは言うのに、先が続かない。サフィールと二人で首を傾げているところで、ガルニアがカードを片手に戻ってきた。
「どうしたの?」
「いや……。先の話になるかもしれねーけど、オレはオーリとラジエルをこの艇から降ろそうと思ってる」
「えっ?」
せっかく出来た仲間なのに。トファーの中で何があったのだろう。
ガルニアも席に着き、トファーの話に耳を傾ける。
「オレは、トライドールの諍いに無関係なヤツを巻き込みたくねぇんだ。ずっとそれだけが気になっててよー」
それに真っ向から反対したのはサフィールだった。
「二人を降ろしてどこに向かわせる? オーリは家に帰れるかもしれないけど……ラジエルはサファイアから反逆者扱いにされてるかもしれないのに」
「オーリも家には帰れないだろうな。盗みも働いて、自分から家を飛び出したんだ。ま、オレのせいなんだけどよー」
「じゃあ、どうして……!」
拳を握るサフィールに、トファーは困り顔で頭を掻く。
「オマエら、オレらが本気で戦争を止められると思ってるか? 方法だって見つかってない、権力だって持ってないのに、だ。死ぬかもしれねぇ問題に、付き合わせる方が間違ってるだろ」
私はトファーの戦争を止めるという意見に流されてきた。『戦争を止めて』というミユの意思にも従ってきた。同じクローディオの意見にも耳を貸した。では、私はどうなのだろう。
本当に戦争を止められるのだろうか。
どのように、いつ、どうやって――具体的な内容が全くと言っていいほど定まっていない。これではトファーも無関係の人間を艇から降ろすという決断を下してもおかしくはないだろう。
サフィールはまだ食い下がる。
「戦争を起こそうとしてるのは摂政をしてる兄さんだ。兄さんさえ止められれば、戦争は――」
「そのために、レヴィスを殺すのか? そうじゃないなら、どうやってレヴィスを止める?」
「それは……!」
サフィールに答えなんてないのだろう。歯を食いしばり、トファーを睨みつける。
一方で、トファーは涼し気にガルニアを見遣っただけだった。
「ババ抜きでもしようぜ。負けたヤツがレヴィスを殺しに行く担当な」
「ちょっ……トファー、それ何も面白くないから」
ガルニアは慌ててサフィールの様子を見る。サフィールは目を伏せ、結んだ口を開こうとはしない。
お願いだから、トファーにはこれ以上ことを荒立てないでいて欲しい。
静まり返った会議室に、カードの擦れる音が響き始める。
「ブラストン伯爵家……だっけ。そこで何があるか分からないから、それまでこの話はお預けね」
これ以上、この話を続けない方がいい。何より、オーリとラジエルには間違っても聞かせたくない。
私がはっきりと言い切ると、サフィールとトファーは小さく「うん」と漏らす。誰も間違っていないからこそ、私まで苦しくなってしまう。手の中でトランプを広げ、揃った手札を場に捨てていく。まるで、オーリとラジエルを切り捨てていくかのように。
ブラストン伯爵家までの道のりは数日とかからなかった。
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