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第12章 神託 / 第133話
そのまま俺は自室に戻ってきてしまった。
ミユとどう顔を合わせて良いのかが分からない。不自然な笑みを浮かべるより、撤退した方が良いだろう。そう思った。
ベッドに寝転がり、真っ白な天井を眺める。まるで心の迷いをなくそうとするかのように。
すると。
“水の魔導師”
どこか聞き覚えのある、男性の声が聞こえてきたのだ。
誰の声だっただろう。起き上がり、首を捻ってみる。
“聞いているか?”
すぐにピンときた。この声は水の塔で聞いた、あの声だ。ミユの話を信じるのなら、こいつも神――。
姿のない声の主を睨むように、天井に視線を向ける。
「何しに来たのさ。俺たちの意思を否定するだけなら、絶対に聞き入れない」
“そういう訳ではないのだ”
「じゃあ、ミユに言ったのは何? 俺は絶対に許さない」
“あれは地の神が言ったことだ。我が言おうとしているものとは違う”
では、何が言いたいのだろう。反対側に首を傾げ、尚も天井を睨みつける。
“地の魔導師には聞かせられぬ話なのだ。明日、一人で水の塔に来なさい”
「ミユに聞かせられない話?」
“そうだ。必ず『一人で』来るように”
水の神は『一人で』という単語を強調するように、一音一音区切って話す。それもミユの存在を否定された俺の心には染み入っていかず、反発しか出てこない。
「明日はミユと羽根を取りに行く約束してるし」
“それは、今、地の神が地の魔導師へ渡しに行っている。心配はない。お前は地の魔導師を助けたくはないのか?”
「えっ?」
地の神は確かに、ミユに呪いを解く方法はない、と言った筈だ。もしや嘘なのだろうか。萎みかけていた光が再び膨らみ始める。
「希望を持っても良いの?」
“危険がつきまとう話だ。心して来るように”
それだけを言うと、部屋がしんと静まり返った。ただ、俺の心臓が脈打つ音だけが耳に残る。
ミユの呪いを解く方法があるのだろうか。あるのなら、それに縋りたい。是が非でも、明日は塔に行かなくては。
「……アレク!」
何故か、アレクには伝えなくては、と思った。唯一の同性の仲間だからなのか、リーダーシップを取れる相手だと認識していたのか。分からないが、無我夢中だった。
ベッドから飛び降り、床を蹴ってドアを開ける。廊下を走ると、すぐにアレクの部屋へとやって来ていた。
ノックもせずにドアを思い切り押し開ける。
「アレク!」
「おおっ!?」
アレクはこちらに背を向け、屈伸をしている所だったようだ。慌てて俺を見遣ると、片手で乱暴に頭を搔く。
「オマエ、ノックくらいしろって言ったよな?」
「それどころじゃないんだ!」
アレクはポカンと口を開ける。
「何かあったのか?」
「もしかしたら、ミユの呪いが解けるかもしれない」
「はっ?」
困惑するアレクに、捲し立てるように説明を続けた。
「水の神様が俺の所に来て、ミユを助けたくないのか? って。多分だけど、良い報告が出来ると思う」
敢えて危険があるかもしれないことは伝えなかった。変に伝わって、アレクが俺を止める事態だけは避けたかったのだ。
「ソレ、信じて良いのか?」
「うん。明日、水の塔に行ってくる。ただし、絶対にミユには知らせないで」
「何でだ?」
「何でも良いじゃん。頼むから」
この際、頭でも何でも下げてやる。口を結び、勢い良く腰を折った。
そのせいもあってか、アレクの足音が近付いてくる。
「オマエがそんなにかしこまんのは、良くないことがある時だよな?」
「えっ?」
俺には身に覚えがない。いや、前世での行動を思い出したくないだけだろうか。
思わず顔を上げると、アレクはやれやれと言わんばかりに軽く首を横に振っていた。
「危険なのか?」
「それは……」
言えない。言いたくない。吃ってしまえば、危険だと伝えているのと同じなのに。
俺には力無く首を横に振る事しか出来なかった。
「……今回は、信じてやる」
「えっ?」
「危険じゃねぇって信じてやるって言ってんだ」
アレクの中で何が起こったのかは分からない。哀愁を漂わせた笑みが、こちらを向くだけだった。
「ミユには伝えねーからよ、安心しろ」
「……ありがとう」
とりあえず、好意を受け取って良いのだろうか。
とにかく、ここでやるべきことは終えた。
「それだけ伝えに来ただけだから」
「あぁ、分かった」
良し、あとは明日を迎えて水の塔に行くだけだ。片手を小さく振り、身軽になった心で部屋に戻る――筈だった。今は一番、会いたくない人物と出くわしてしまったのだ。
「……ミユ!」
いつもは天使に見えるのに、今は危険人物に見えてしまう。
「クラウ、あのね? 私、話が……」
軽はずみに会話をして、水の神との出来事がバレてしまっては一大事だ。慌てて自室へと飛び込み、勢いに任せてドアを閉めた。
「えっ? あっ、あの……」
声だけでも、ミユが戸惑っているのが分かる。しかし、どうもしてあげられない。ドアに背中を預け、鼓動を速める胸を右手で押さえ付ける。
少し間を置き、小さな足音は近づいてきた。そのまま、背中を叩かれるように、ドアが三回振動する。
「どうしよう……。嫌われた?」
違う。嫌った訳ではない。嫌う筈がない。言いたいのに、言えない。
「おい、クラウ。ミユに勘違いされても知らねーぞ?」
追い討ちをかけるかのように、アレクの声がくぐもって聞こえた。
「おい、出てこいよ」
出ていける訳がないではないか。事情は先程、説明したのに。
唇を噛み締め、考える。俺はどうしたら良い、と。
ミユを嫌っていると勘違いされるのは途轍もなく嫌だ。だからと言って、話をしたら――。思考がグルグルと巡る。
ミユとアレクの話し声も聞こえたが、気にしている余裕は無い。
ただ、一言だけ俺の心に刺さった。
「いつでも部屋に行って良いって言ってくれたのに……」
確かに、俺はミユに言った。その言葉を曲げても良いのだろうか。本格的に、ミユに嫌われても良いのだろうか。
良い筈がない。
「おい、良い加減――」
アレクの言葉を遮るようにして、押したドアは音を立てた。
右目で廊下の様子を確認し、アレクを睨んでみる。
「アレクの役立たず」
「はぁ!?」
そして、その隣にいたミユの左腕に狙いを定め、掴んだ。そのまま力ずくでミユを部屋へと誘い込む。
ドアを閉めると、完全に廊下と遮断された。それなのに、アレクの殺気は感じ取れる。
「オマエの頼みなんか、ぜってぇ聞いてやらねーからな!」
今回だって、頼みなんか聞いてくれなかった癖に。不満と怒りを抱えたまま、状況を理解出来ていないであろうミユへと視線を向けた。
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