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第12章 神託 / 第134話
どうしても、ミユと二人きりになりたかったのだ。誰にも邪魔はされたくなかった。魔法で静かにドアに鍵をかける。
間近にいるミユはおろおろとドアを見詰めるばかりだ。混乱させているのは分かっている。でも、俺の心が、このままミユと仲違いすることを拒絶している。
「ミユ」
俺が囁くと、ミユはひらりと振り返った。頬が朱色に染まる。
「俺のこと、嫌いになった?」
嫌われても仕方ないことをしたのは俺なのに。怖くて堪らない。
ミユは勢い良く首を横に振る。
「私の方こそ嫌われたって――」
「そんな筈ない!」
こんなにも愛おしいのに、ミユを嫌う筈がない。小さくて、今にも消えそうな声を遮っていた。
ミユの瞳は大きく見開かれる。
「ホント?」
「うん」
小さく頷いてみせると、ミユは更に頬を薔薇色へと変えた。
ここでふと気が付く。この会話はまるで相思相愛の恋人同士がするようなものではないのか、と。視線を落とすミユに遅ればせながら、左へと視線を外した。
何とか普段通りの会話をしなくては。タイミングを見計らっていたのはミユも同じだったようだ。
「あの」
「あのさ」
そして、声が重なる。
ミユの方へと視線を戻すと、緑色の瞳とぶつかった。恥ずかしくて、またしても左へ視線を流す。
「何?」
「うん、さっき、俺に話があるって言ってなかった?」
先程までの俺が危惧していた事態に発展するとは思ってもいなかった。ただ、気になったから聞いてみただけだった。
「あのね? 羽根の事なんだけど、取りに行かなくても良いみたい。さっき、神様が羽根を届けてくれたから」
「うん、知ってる」
それは俺も水の神から聞いたばかりである。小さく頷くと、ミユは小首を傾げた。
「何で知ってるの?」
『しまった』と思った時にはもう遅かった。それを知られてしまわないように、ミユに冷たい態度を取ったというのに。顔を逸らした所で誤魔化せてはいないだろう。自分が嫌になってくる。
「答えてくれないと分かんないよ」
「それは……言えない」
「何で言えないの?」
これ以上、質問を重ねないで欲しい。益々ボロが出てしまう。無意識に握った拳は震えているだろう。
「ミユは連れて行けないから」
「私に関係してる事なの?」
まずい。負の連鎖にはまってしまっている。
質問から逃げ出す術も見い出せず、唇を噛み締める。
そんな俺が嫌になってしまったのだろう。ミユは胸の前で拳を作り、口を尖らせる。
「もう良い。もう知らない」
怒った口調で言い放つと、俺に背を向けた。ドアノブを乱暴に回し、部屋からの脱出を試みているようだ。
俺が魔法を解かなければ、このドアが開くことはない。
聞いてくれるかは分からないが、心の赴くままに口を開く。
「嫌われたとしても、それでも……絶対に危険な目には……」
ミユが強い光を放ち始める。これはワープだ。
ワープをしてまで俺から逃れたいなんて。心にナイフが突き刺さったように痛み出す。
「遭わせたく……ないから……」
光が一瞬にして消える。
宛のない呟きは、俺の他には誰もいなくなった空間へと吸い込まれていった。静寂が足音も立てずにやってくる。
しばらくの間は悲しみと切なさが交錯し、この場から動けずにいた。
* * *
その日の夜、夢を見た。
薄暗くて長い廊下に一人で佇んでいた。足元には紺の絨毯が敷かれ、天井には灯りの点いていない大きなシャンデリアがぶら下がっている。それが凄く、凄く遠い。
間違いない。此処は俺の──僕の屋敷だ。
こんな所で何をしているのだろう。片手を頭に当てて「うーん……」と考えてみる。
そうだ。喉が渇いたから、洗面所に向かっている途中だったのだ。どうして忘れてしまったのだろう。
急がなくちゃ、と瞼を擦りながら小さな足を前に出していく。夜に一人で廊下に居るなんて怖いし、部屋の中に居るよりも寒いから。
顔を上げると、ドアが薄く開いている部屋があったのだ。隙間から光が漏れ出している。
誰か居るのかな。
興味が湧き、音を立てないように中をそっと覗く。そこに居たのは黒色の短い髪の毛を持つ男の人と、腰くらいの長い銀色の髪の毛を揺らす女の人――僕のお父さんとお母さんだ。
二人とも悲しそうな顔をして、何か喋っている。
「貴方のお父様も仰っていたけれど、私も心配で……。貴方の家系も、私の家系もブロンドの髪の方なんていないでしょう? 前の魔導師様が亡くなったのが七年前。どう考えても――」
「だからって、まだ決まった訳じゃないよ。同年代の子は沢山居る。ブロンドの髪だって、別に珍しくない」
お母さんの声なんて、今にも泣いてしまいそうなくらい震えていた。そんなお母さんの肩をお父さんが抱いて、優しく擦る。
何の話をしているのか、難しくて良く分からない。それでも何となく分かる事もある。
「でも、やっぱり考えてしまうんです。いつか遠くない未来に、あの子が私の元を離れていってしまうんじゃないか、って。……そんなの嫌です! ほとんど外へも出してもらえず、命を削ってまで働かされるなんて! あの子が可哀想……!」
「私だって嫌だ。あの子は我がルーゼンベルクの大事な跡取り。国に……世界に渡したりはしない」
きっと僕の話をしているのだ。
でも、どうしてこんなに悲しそうなのだろう。お母さんなんて、とうとう両手で顔を覆ってしまった。お父さんだって、空いている手で拳を作って辛そうに顔を歪めている。
僕が何かしてしまったのかな。今日の出来事、更に昨日、一昨日と思い出してみるけれど、原因になりそうな事は考えつかない。
それでも、僕のせいで二人が悲しむのなんて絶対に嫌だ。
「お母さん……。泣かないで?」
我慢出来ずに話し掛けてしまった。
それが良くなかったのだろうか。二人ともビックリしたように顔を上げて、僕を見たのだ。
「……クローディオ!」
「こんな時間に……どうしたの?」
お母さんがお父さんの腕をすり抜けて、こちらに走ってくる。それが何故か怖くて、半歩くらい後退りしてしまった。
「ぼく、お水がのみたくて……」
「まあ。そうだったのね」
答えを聞くと、一気に二人の顔に笑みが戻っていく。すぐに柔らかそうで大きな両手が僕へと伸びてきた。身体がふわりと浮いて、暖かな体温に包まれる。
「お母さんが連れていってあげる」
やっと、いつものお母さんに戻ってくれた。ほっとしたのも束の間、僕を抱いている手に力が入る。少し苦しいくらいだ。
「お母さん……?」
「何処にも……行かないでね……」
風が吹けば消えてしまいそうな声で囁く。子供心にも、これ以上は聞いてはいけない。そんな気持ちにさせられてしまった。
硬く心地良い足音を聞きながら両親の居た部屋を後にする。
垂れ気味の優しい、それでいて哀愁の漂う銀色の瞳に見送られて――。
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