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第19章 城下町 / 第255話
まるで、故郷にいるかのような安心感だ。息を吐き出し、頬に片手を当てる。
「ミユ様は本当に幸せそうな顔をしますよね」
「だって、幸せなんだもん」
何を差し置いても、美味しいものを食べている時に一番の幸福を感じるのだ。緩みっぱなしの私の顔を見て、アリアも小さく笑う。
「エメラルドにいれば、いつでも食べられる味ですよ」
エメラルドに――この世界に残ってくれと言うように、アリアはケーキを頬張った。私はまだ、自分のいるべき世界を決められていないのに。
「私の家族も連れてこられたら、心配なんてないのに」
「残念ですが、生身の普通の人間が、世界を越えるなんて無理ですよ」
アリアは一変して、悲しそうに目を伏せる。
それは昨日、はっきりと思い知らされた。日本からこの世界に戻ったクラウは、数時間もの間、自らの身体を動かせない程の疲労を訴えたのだ。神の分身ではない一般人ならば、命の保証はないだろう。
何も言えないまま、ケーキを食べ進める。甘い筈なのに、何故か僅かに塩味を感じるのだった。
* * *
夕日に染まる最初の広場に戻り、再び群衆の歓声を浴びる。オズに託されたあの言葉を言わなければ。緊張と共に速まる鼓動を感じ、ぐっと拳を握り締める。
「皆さん、今日はありがとうございました」
まずは一礼し、場を静めた。
「私から、皆さんに伝えなくてはいけないことがあります」
深く息を吸い込み、決意を固める。
「四日後、この世界から魔導師がいなくなります。私たちは魔導師を辞めるんです」
私のたった一言でざわめきは広がり、群衆の不安が、恐怖が押し寄せる。
「どうしてですか……?」
「私たちを見捨てるんですか!?」
「そんなことを言わないでください!」
溢れ出した言葉は、鈍器で殴るかのようにじわじわと私の胸を痛めつける。
「どうしてみんな、泣いてるの?」
小さな子供の声も、高齢の女性がすすり泣く声も聞こえてくる。
私だって、辞めたくて辞める訳ではないのだ。世界をあるべき姿に戻すだけ――王の愚行を止めたいだけだ。でも、真実は王の威厳のためにも伝え広げる訳にはいかない。
「私たちは、この世界を愛しています。だから、辞めるんです」
人々に私の真意は伝わらないのだろう。それでも、私が納得出来る形で終われるのなら、それでいい。
「意味が分かりません!」
「愛しているのなら、どうして!?」
これ以上この場にいては、いくら負の感情を抑え込んでいるからといっても、自らの身の危険を感じてしまう。隣にいるアリアと頷き合い、魔法を解き放つ。光に包まれながら、この世界の人々に幸多からんことを、と願う。
瞼を開けると、喧騒は遠のき、自室に戻ってきていた。もう人々の声は聞こえない。空の色も紫へと変わっている。テーブルに置かれたぬいぐるみと氷のラナンキュラスが私の心を溶かしていく。
「緊張した~……」
身体から力が抜け、部屋の中央でへたり込んでしまった。
「立派にお役目を果たされましたね」
アリアは私の傍でしゃがみ込み、私の背中を撫でる。
「ダイヤに戻られますか?」
「もう少し、ここに……」
これで最後になるかもしれないのだ。アリアともまだ同じ時間を過ごしたい。彼女の胸に肩を預け、その温もりを確かめる。
「ですが、ミユ様」
「うん、分かってる」
このままではアリアの元を離れられなくなってしまう。両手で顔を覆い、気持ちをリセットしようと試みる。
ぱっと手を離すと、熱が一気に放出され、心も冷静になってくれた気がした。アリアから身体も離し、笑顔を向ける。
「私、アリアに『さよなら』は言わないよ。また来世で会えるって信じてるから」
「……私も信じています。必ず、再会しましょう」
「うん」
今度は身体を預けるのではなく、抱き合った。涙はこの場には似合わない。温かい気持ちのまま、アリアの緑の髪を撫でてみる。
「ミユ様、民からの贈り物をお忘れなく」
身体を離すと、アリアは膨らんだ小さな麻袋を握らせてくれた。ぬいぐるみとラナンキュラスはどうしよう。少し迷ったけれど、彼らは私がここにいた証だ。ここに残ってもらおう。彼らに背を向け、アリアに微笑んでみせる。
「それじゃあ、元気でね」
「はい、ミユ様もお元気で。数日後にまたお会いする気もしますが、そう感じるだけかもしれませんし」
アリアは小さく笑うと、手を後ろで組む。
「私はミユ様にお仕え出来て、幸せ者です」
涙を誘いそうな台詞に、堪えられなくなってしまいそうだ。涙が落ちる前にワープをしてしまおう。浮遊感に包まれながら、光に身を委ねる。
「ミユ様、また会う日まで!」
アリアの叫びが耳に残響する。ダイヤの会議室前で白い扉を見詰め、泣き崩れていた。
* * *
幸いなことに、泣き顔は誰にも見られなかった。会議室に誰かいるのか、それどころかダイヤに誰かいるのかも分からない。涙を両手で拭いつつ、大きく息を吐き出した。しっかりしろ、私、と自分を奮起させる。
鈍い蝶番の音を響かせながら扉を開けると、窓際に見知った顔が二つあった。
「ミユ、おかえり」
「ただいま」
寂しさが安心へと変わる。泣いたのが分かる程に瞼が腫れてしまっているクラウとフレアに歩み寄り、二人の手をそっと握った。
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