読み込み中...
読み込み中...
第15章 タイムリミット / 第236話
アレクが去った後、扉を見詰めてフレアがぼんやりと溜め息を吐く。
「アレク、もう少し静かに出来ないのかなぁ。いっつも騒々しいんだから」
気怠そうに話すフレアに、クラウがクスクスと笑う。
「騒がしくないアレクなんて、アレクじゃないよ」
そうだ、アレクの取り柄は元気なのだから。思わず笑みが零れ、私もうんうんと頷いていた。ところが、フレアはふとした瞬間に沈んだ表情へと変わっていく。
「でも……この騒がしさに付き合えるのも、あと七日だけなんだよね。寂しくなるなぁ……」
細く吐息をつき、頬杖をつく。
そんなことを言われては、嫌でもしんみりとしてしまう。仲間との別れの瞬間は刻一刻と迫っているのだ。
七日後なんて来なければ良いのに。俯き、足の上に置かれた手の甲をぼんやりと眺める。その手の上に大きな片手が重ねられた。驚いてクラウの顔を見上げると、吸い込まれそうな優しい青い瞳が待っていた。
「寂しくなったら思い出せば良い。俺たちは心で繋がってる。縁が途切れることなんてないよ」
「でも、会うことも、触れることも出来なくなるんだよ? 思い出だけで寂しさが紛れることなんてあるのかな……」
これにはクラウも困ってしまったようだ。私の手に触れていない方の手で頭を抱え、苦悶の表情を浮かべてしまった。クラウは、自分一人では抱えきれない程の別れの辛さ、悲しみを知っている。そのせいで、言葉に詰まったのかもしれない。
「う~ん」と唸り、沈黙が広がる。時間がないのだから、会話をしたいのに。思考ばかりが先行してしまい、言葉が追いつかない。
しばしの時が流れ、またしても扉の開く豪快な音が部屋を揺るがした。音の発生源へと振り向いてみれば、アレクが両手に料理を持って、こちらに呆れ顔を向けている。
「なんでオレがいねぇとしんみりするんだ」
アレクはテーブルに料理を置くと、フレアの隣の席に座った。しんみりしたくもなる。別れの時は待ってくれないのだから。堪らずに口を開いた。
「だって、もう時間がないんだよ? またこうやって、皆と会えるかどうかも分からないのに」
「生きてりゃぁなんとかなる!」
その黄色の瞳は力強く、まっすぐに私の目を見詰めてくる。フレアも「でも」とアレクに否定的な目を向け、首をゆるく振った。
「でも、アレクとあたしは住んでる国が違うんだよ? 生きてたって、会える訳――」
「会えるだろ!」
アレクはキッパリと言い切ってみせる。神が諦めた『再会』を。目を丸くする私たちに、アレクは身を乗り出した。
「カノンやリエルみてーに死んだヤツとは違うじゃねーか。生きてるんなら、オレが意地でも会いに行ってやる。たとえ険しい道でも、海を渡って、砂漠を越えて会いに行く」
頼もしいアレクの言葉に、とうとうフレアの瞳から涙がはらはらと零れ落ちる。声を詰まらせ、椅子に座りながら両手で顔を覆う。アレクは苦笑いし、フレアの肩を抱いた。
「アレク、ホント……?」
「オレが嘘吐いたことあったか?」
アレクの問いに、フレアはブンブンと首を振る。
「だろ? 今まではホントの名前なんか捨てちまったと思ってたけど、今のオレらにとっては名前が道標だ。オレ道がに迷わねーように、オマエのホントの名前、教えてくれねーか?」
フレアは顔から両手を離し、アレクをまっすぐに見る。
「フローリア。フローリア・フェアフィード」
その名を聞いた途端、アレクの顔色が若干青くなったような気がした。僅かだけれど、瞳も揺れ始める。
「フェアフィード家って言ったら……ガーネットの名門貴族じゃねーか! フレア、オマエ、そんなとこの出身だったのか!?」
貴族――私の予感は当たっていたらしい。ただ、現実味は全くない。貴族に『名門』がついているので、フレアがすごい所のご令嬢と言うことが分かるくらいだ。
「そうだけど……名門貴族なんて関係ないでしょ? そう言うアレクはどうなの? アレクのホントの名前は?」
アレクは照れ臭そうに頭を掻き、重たい口を開く。
「アレックス。アレックス・ウィンスレットだ」
その名を聞いて、今度はフレアが驚きを露わにする。目を丸くし、両手で頬を覆う。
「ウィンスレット家だって立派な貴族だよ。トパーズの西の地域を任された領主の家系でしょ?」
「……まあな。でも、後を継ぐ気はねぇ。領主が勤まるような性格じゃねーしな。家督は弟に譲るつもりだ」
家督とは譲れるものなのだろうか。知識が乏しく、唸ることしか出来ない。ダンス練習の時に皆が貴族であることは予測していたので、驚きはない。
フローリア・フェアフィード、アレックス・ウィンスレット――必死に二人の本名を覚えようとしていると、今度はクラウと私に話の矛先が向けられた。
「ミユ。オマエ、異世界かスティアか、どっちを選ぶかまだ決まってねぇだろーけどよー、クラウに聞くだけ聞いとけ。こんな機会、今しかねーぞ?」
「でも、私が、もしスティアを選んだとしても、エメラルドのどこの誰の娘になるか分かんないんだよ? それなのに……」
「俺はエメラルドなら、どこまででも探して会いに行く。俺の経験値を舐めてもらっちゃ困るよ、ミユ」
クラウはウインクしてみせる。
そうだ。クラウの前世は皆、私を探してエメラルド中を駆け回っていた。だからと言って、今回とは状況が違う。前世では魔法を使えたけれど、今回は魔法なんてなしだ。足だけで探し出さなくてはいけなくなってしまう。
「クラウ、そんなことしたら行き倒れちゃうよ!」
「大丈夫だよ。エメラルドの人たちは旅人に優しいし、街から離れたとしても、過ごしやすい気候だし。それに……」
「それに?」
「多分、俺の本名を出したら、質問に答えない人はいないと思う」
含みを持たせた言い方に、クラウは咳払いをする。
「俺のホントの名前はクローディオ。クローディオ・ヴァルターって言うんだ」
「はあっ!?」
「えっ!?」
叫ぶような声を上げるアレクとフレアに、小首を傾げてみせる。何を驚いているのか分からない。
「お、オマエ……リラと従兄妹なのか……!?」
「へっ!?」
リラとは、まさかサファイア女王のことだろうか。クラウは貴族ではなく、王族だったなんて。衝撃発言に、言葉を失う。
「クラウ……お、王子様……?」
「ち、違うよ! 父さんは公爵、母さんが先女王の妹。貴族には変わりないけどさ」
私にとっては十分すぎるほど遠い存在に感じてしまう。しばらくの間、頭のふらつきは治まってくれなさそうだ。
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する