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第11章 交錯 / 第128話
左側に並ぶ窓から差し込む柔らかい日差しを受け、ミユの部屋へと向かう。速度を気にしながら、左手でほんの少し後ろを歩くミユの小さな手を握る。握り返してくれることはないが、その手から温もりを感じることが出来る。愛おしくて堪らない。
それでも声をかけられずにいた。
無事にミユを取り戻した喜びと呪いに対する不安が混ざり合い、何を話せば良いのか分からないのだ。下手に話を振り、傷つけてしまうのも恐い。
無言のままで廊下を歩き進んでいく。
一度だけ角を曲がり、もう少しでミユの部屋へ着く。そんな時に、僅かに左手を繋ぐ手に力が加わった。
「ねえ」
「ん?」
不意に話しかけられ、微笑んでしまった。それがいけなかったのかもしれない。
ミユは頬に睫毛の影を落とし、頬をほんのりと紅に染める。
「羽根って……何のこと?」
「えっ? 羽根を取りに行ったんじゃないの?」
リエルとの話の流れから、てっきり羽根を取りに行ったものだと思い込んでいた。
「呪いの解き方が知りたくて、それを聞きに行っただけ」
「そうだったんだ……」
相当な勇気を持ってあの場所に挑んだ筈だ。その気持ちを踏みにじられた痛みは計り知れない。恐らく、神の声すら聞きたくはないだろう。
しかし、そうとばかりは言っていられないのが現実だ。
「羽根はあいつを倒す最終手段だから、絶対に塔まで取りに行かなきゃいけない」
「えっ……」
やはり、ミユは大きな溜め息を吐く。
「羽根を取りに行く時は、一緒に行こう? 大丈夫だよ、羽根は神様に会わなくても貰えるからさ」
「う〜ん……」
神と会う必要はない。多少、話す必要はあるかもしれないが。
納得してくれたのか、ミユは小さく何度か頷いてみせる。
程なくして、前方からドアの閉まる音が響いた。フレアの部屋からアレクが出てきたのだ。浮かない表情だ。
「オマエら、大丈夫か?」
こちらに近づきながら、アレクは小さく口を開く。
「大丈夫そうに見える?」
「いや、見えねぇ。悪ぃ」
頭を掻きながら反省を述べるアレクに、若干の呆れが混ざった息が漏れた。
アレクは俺たちの前で足を止めると、俺とミユの顔を見比べる。
「何があったんだ?」
神に呪いを解く方法はないと言われた。他にミユを傷つけずに済む伝え方はないだろうか。
思考を巡らせていると、先にミユが口を開いた。
「私が勝手に部屋を抜け出しちゃったから、それで……」
「何で部屋を抜け出した?」
「それは……。呪いを解く方法が知りたくて、塔に行ったら何か分かるかな、って」
「オマエなぁ……」
アレクは大袈裟に溜め息を吐き、右手で長い前髪を搔き上げる。
「気持ちは分からなくもねーけどよー、誰かに相談くらいしろよ」
「ごめんなさい」
ミユはしおらしく頭を下げた。
アレクは再び溜め息を吐く。
「それで、何か分かったのか?」
それはミユの口から言わせたくない。首を横に振る彼女の行動を確かめ、アレクを見遣る。
「後で俺から話すから。今はそっとしといてあげて」
「あぁ」
これだけで、良い結果を期待出来ないと悟ったのだろう。アレクの表情は曇っていった。
唐突だった。
「フレアは?」
ミユが声を上げたのだ。緑色の瞳は左右に揺れている。
「今は寝てる。アイツも混乱してたんだけどよー、やっと落ち着いてきたみてぇだ」
「そっか」
アレクの返答で、ミユの顔に笑みが戻る。
ミユには申し訳ないが、これではアレクの立つ瀬がない。
アレクの表情は更に曇ってしまった。
「フレアを……いや、なんでもねぇ」
口ごもり、真一文字に結ぶ。
「じゃあ、俺はミユを部屋まで送るから、また後で」
「あぁ」
俺は微笑みすら見せずに、アレクと別れた。互いの気持ちが分かるからこそ、上手いことが言えない。
ただ、俺が離れてしまえばミユの味方はアリアだけになるだろう。それは分かる。
「無理に頑張らなくても良いよ。今は自分を大事にしてあげなくちゃ」
「うん」
フレアの傍にはアレクがいる。それならば、ミユの傍には俺がついていなくては。それ以上に、俺自身がミユの味方でありたい。
手を握り直し、彼女の部屋へと向かう。
どちらからも話し出すことはなく、目的地へと到着してしまった。ミユがドアを開けるので、自然と繋いでいた手は離れていった。
「ホントに一人で大丈夫?」
「うん」
一人で居るのが辛いなら、一緒にいてあげたい。それだけだった。
しかし、ミユは小さく頷いてみせる。
「一つだけ約束して? さっきみたいに一人でいなくなったりしないで。いつでも俺の所に来て良いから」
「うん」
きちんと聞いてくれているのかは分からない。どうしても説教地味た物言いになってしまう。
これ以上、返事は来ないものだと思っていた。
ところが、ミユは視線をこちらに向けてくれたのだ。
「迷惑ばっかりかけて、ごめんね」
正直、驚いた。視線を向けられたことではない。ミユが『迷惑をかけている』と思い込んでいるところに、だ。
「迷惑だなんて思ってないよ。それじゃ、またね」
「うん」
微笑みかけると、ミユも僅かに笑ってくれた。条件反射なのかもしれないが、素直に嬉しい。
小さな音を立ててドアが閉まり、完全なる静寂が訪れる。
一度、俺も自室へ戻って作戦を練り直そう。廊下を歩きながら、両手で拳を握り締めた。
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