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第10章 諦めない心 / 第127話
開け放たれたドアの向こうには、いつも通りのあの姿があった。
「クラウ様! どうなされたんですか!?」
カイルは慌てた様子で部屋に雪崩れ込む。
「ミユが、ダイヤから消えた」
「えっ!?」
青の瞳は一気に見開かれるが、そんなものを気にしていられる程の余裕はない。その瞳を見詰め、まくし立てる。
「アリアの所に行って、ミユがどこにいるのか聞き出して欲しい。ただし……」
「何ですか?」
「後で、絶対にミユを責めないこと。カイルとアリアに命じる」
使い魔にとって、俺たちの命令は『絶対』だ。逆らうことは許されない。もし逆らおうとしても、言葉が喉につかえて俺たちに届きはしないだろう。
命令なんかしてごめん、と心の中で謝罪してみる。
カイルは大きく頷き、ぐっと目力を強めた。
「心得ました。アリアの所に行ってきますね」
「うん、頼んだ」
一刻を争う事態だと悟ったのか、カイルは瞬く間に部屋から消えた。あったのは光の残像だけだ。
どうか、無事でいてくれ。祈るような気持ちでその場にへたり込んだ。
「リエル。影のせいじゃないんだとしたら……どうしてミユは何も言わないで消えたんだろう。どこに行ったんだろう」
何気ない気持ちで呟いた。
リエルには心当たりがあったらしい。
“あっ”
小さく声が発せられる。
「何?」
“もしかしたら、羽根をもらってなかったんじゃないかな”
「羽根? 影を倒す為の?」
“うん”
だからと言って、何も言わずに消えるだろうか。合点がいかず、「うーん」と唸り声を上げる。
“俺の推測が合ってても合ってなくても、あの子に会えば分かるから”
「うん……」
それでも納得がいかず、黙り込んでしまった。
多分、どこかでおごっていたのだと思う。ミユは俺に隠しことなんかしない、と。後から考えれば、馬鹿だなと思う。
額に流れる汗を掌で拭い、大きく溜め息を吐く。時計の秒を刻む音が耳にこびりついて離れない。
息が詰まりそうになってきたところで、ようやくカイルは戻ってきた。部屋の入り口付近に光が現れると同時に立ち上がり、そちらへと駆け寄った。穏やかな表情から察するに、ミユは無事らしい。
それでも、急がずにはいられない。
「ミユは?」
「地の塔にいらっしゃいます」
「ありがとう」
淡白に礼を言うと、早速ワープを試みる。光に包まれる中で、カイルの「お気をつけて」と言う声はきちんと届いていた。
風景に気を取られている場合ではない。生い茂る雑草を踏み分け、木の幹を掻い潜り、涼しい向かい風を受けながら地の塔に向かってひた走った。ミユの名を心の中で呼びながら辿り着くと、入り口に手をかける。
「⋯⋯ミユ!」
座り込む彼女の姿を見つけるや否や、笑みが零れていた。
どうやら、リエルの推測は正しかったらしい。そうでなくては、ここに来る理由なんてないのだから。
ほっと胸を撫で下ろし、ミユの方へと歩み寄る。
「良かった、無事で。羽根を取りに行くなら、言ってくれれば――」
言いかけたところで違和感に気がついた。ミユの頬が光を反射しているのだ。
もしかして、泣いているのだろうか。
「何があったの?」
何かあったのなら聞かせて欲しい。慰めてあげたい。ただそれだけだった。
なのに、ミユは辛そうに首を横に振る。
「言ってくれなきゃ分からないよ」
「呪いが……」
ぽつりと呟かれると、また首を横に振る。その様子に戦慄を覚えた。
この反応は、『呪いが解けない』とでも言われたようではないか。
いくら力を持っている者だとしても、言って良いことと悪い事ことがある。一気に怒りが俺の心を支配していく。
「何でそんなこと……! 俺も聞いてくる!」
自分の耳で聞かなければ、納得なんか出来はしない。一言言ってやらなければ気が済まない。
静寂を保つ魔方陣を睨みつけ、その懐へ飛び込もうとした。
しかし、俺の行動は制御されてしまった。ミユが俺の服の裾を掴んだのだ。その勢いのまま、彼女は口を開く。
「無駄だよ! 何回行っても同じだよ⋯⋯」
「無駄なんてことはないよ。だから、離して」
離してくれないことは分かっている。思った通り、ミユは一層強く服を握り締める。
思わず苦笑いをしてしまった。
「ごめんね」
俺もなかなか意思を曲げられない性格なのだ。
小さく囁き、ミユの手にそっと触れた。力を入れないように、その手を服から離していく。ミユの悲痛な泣き声が痛々しい。
そんな苦しい思いは俺が打ち消してみせるから。踵を返し、魔方陣へと突き進む。縁を踏み、中心部に足を踏み入れたとしても、転移されることはなかった。整然とモザイク模様が彩られているのみだ。
「ミユに言えるなら、俺にだって言える筈じゃん。何で話そうともしないのさ。俺はミユを死なせたくない! それだけなのに……!」
悔しくて、立っているのも難しくなってしまった。膝が折れ、床に落ちる。
「ここにいるの、神様なんだって」
不意に後方からミユの声が聞こえてきた。
「えっ?」
「他の塔にいる人も同じ。この世界の創造主なんだって」
ミユは俯きながら、ボソボソと呟く。
神、創造主――俺が信じてきた神とは全く性質が違う。
神とは人々を導く存在なのではないのか。救いを与える者ではなかったのか。イメージがガラガラと砂のように崩れていく。
「他の塔に行っても、答えは同じだろうって。私、神様にも見捨てられちゃった」
当の主が『神』と名乗った。だから、ここにいるのは神だと結びつけるのは少し安直ではないだろうか。
何より、自分を傷つけた相手だ。信じられる要素が無くては、信じるに値しない。
「ミユはそれを信じるの?」
「私だって、証拠はあるのか聞いたよ。でも、『それを証明する必要はあるのか? 私が魔法を与えたのに』って。もう、信じるしかないよ……」
「なんだよ、それ……」
確かにそうなのだ。魔法を人に与えられるなんて、それなりの力を持った者だろう。神か、それと同等の者か。
だから何だろう。ミユに発言した内容は取り消せないのだ。
魔法陣に向かって、拳を振り落とした。
「俺は諦めない。神だろうが何だろうが、言いたいだけ言わせておけば良い。俺はそれを超えてみせる。ミユの呪いを解いてみせる」
「どうやって⋯⋯?」
「諦めなければ、きっと方法は見つかるよ。リエルはあの時、諦めたんだ。そんな事、俺は絶対にしないから」
諦めたから、自らの命を犠牲にしようとしたのだ。過去は繰り返させない。
ゆるりと立ち上がり、ミユの元へと身を寄せる。そのままその身体を抱き締めた。
「大丈夫だよ」
俺は決して諦めない。諦めさえしなければ、道はどこかに繋がっている筈だから。
声を上げて泣きじゃくるミユの頭をそっと撫で続けた。
「ミユをこんな目に遭わせた影を、神を、俺は許さない。たとえ、何があっても」
これから起こるであろうミユを苦しめる事件は少なくないだろう。その度にミユは挫け、行き先を見失ってしまうかもしれない。
その分、俺が強くなくては。
何があっても未来を諦めたりはしない。呪いは解けると信じ続けよう。
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