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第6章 灼熱の砂漠 / 第110話
俺への気持ちがないことは分かっているが、やはりショックだ。ミユとアレクの会話を聞き流し、一人、席に着いた。
このまま落ち込んでいても仕方がない。元より自分自身の気持ちが分からないのに。
ミユも腰を落ち着けるのを待ち、口を開いた。
「あのさ、火の塔に行くのは予定通り三日後?」
「あ? あぁ、そのつもりだ」
「そっか」
ミユの体調を考えて、遅らせた方が良いのではないか。いや、影からの接触があった後では遅い。
やむを得ないか。
「どうかしたのか?」
「ううん、なんでもない」
アレクに向かって、表情も変えずに首を横に振ってみせる。
ミユの身の安全が第一だ。判断を間違ってはいけない。
「お待たせ」
突如としてフレアの声が聞こえ、はっと振り向いた。
彼女は朗らかに微笑み、首を少し傾ける。両手にはオレンジ色の液体が注がれたグラスが二つあった。
「クラウもオレンジジュースで良い?」
「うん、ありがとう」
一つは俺の分らしい。気を利かせてくれたのだろう。
グラスを俺たちの前にそろっと置くと、フレアは自分の席に戻る。
「何の話してたの?」
「いや、三日後に火の塔に行くぞって話くらいだ」
「そう……」
フレアは窓の外へ目を向けて呆ける。
「今は、外はコスモスでも咲いてるのかな」
「えっ?」
「ほら、ダイヤは秋だから」
ミユの声にもぼんやり返しているように聞こえた。
「エメラルドは? 秋じゃないの?」
そうか。ミユはこの世界の人間ではないから、ここの常識が通用しないのだ。
「エメラルドは春の大陸だから。あたしの故郷のガーネットは夏だし」
「トパーズは秋だな」
「サファイアは冬」
「ほえ~……」
一応、それぞれの大陸に四季はあるが、ダイヤのように気候が変わることはない。その変化は穏やかだ。気温の変化と言っても、最高気温を比べても夏と冬で十度の差があるかどうかである。
「気候も違うし、咲いてる花も違うし」
「っていうか、サファイアは花は基本咲かないよ。寒すぎるから」
「オレはコスモスとか、ダリアとか、サルビアとか咲いてるとこなら見たことあるな」
「アレクって意外と花の名前知ってるんだね」
フレアが小さく笑うと、アレクは照れ隠しのように頭を掻く。
「オレだって花の名前くらい分かるぞ」
「そう」
フレアは満足げに笑う。アレクもやれやれといった表情をする。満更でもないらしい。
俺も思わず笑うと、視界の右上部に白い何かが現れたのだ。じっくり見るまでもなく、この花弁の形はコスモスだ。まさか、ミユの魔法――。
「えっ?」
ミユが声を上げる。どうやら彼女にも自覚はないらしい。
ミユが両手を差し出すと、コスモスはくるりくるりと回転しながらそこに収まった。
「何でコスモスが?」
ミユは不思議そうに小首を傾げる。
数秒間を置き、焦るアレクと目が合った。
「オマエだろ? コスモス摘んできたの」
「お、俺? いや……うん、そう」
思わずアレクの無茶ぶりも肯定してしまった。
考えるまでもなく、魔法の力を取り戻しつつあることをミユに悟られてはならない。話が違うと言われれば、俺たちの立つ瀬がない。
不審そうに俺、アレク、フレアと見比べるミユに、苦笑いを返すしかなかった。
* * *
今日は幸せな一日だった。
日頃の感謝の証に、カノンにラナンキュラスのイヤリングを渡せたのだ。
明日もダイヤで会議という名目の親睦会が行われる。さて、次はどうやってカノンにアプローチしようか。頭の中で唸り声を上げながら、瞼の裏の暗がりを見る。
「おい」
この声はヴィクト――いや、アレクだ。
重い瞼をこじ開け、左側を顧みる。
「交代の時間だぞ」
「……ん? もうそんな時間?」
「あぁ」
そうだ、今は真夜中で、俺はミユの部屋の見張りをしていたのだった。
こちらに歩み寄る、明りに照らされたアレクの姿を確認し、一気に目が覚めていった。
この切迫した時期に、肝心な所で居眠りしてしまうなんて、どうかしている。頭を振り、自分の金の髪をくしゃりと握り潰した。
「オマエ、ちゃんと休めてるのか?」
「うーん……。休めてるって言ったら、嘘になる」
身体は休めていても、気持ちが休まることはない。
アレクは大袈裟に溜め息を吐くと、俺の隣に立ち、目を細める。
「まぁ、素直なのは良いけどよー。このままじゃ、この先、身が持たねーぞ?」
「分かってる」
視線を落とし、細い息を吐いた。
言われなくとも分かっている。ミユが魔法を使えるようになれば、影は今まで以上のアクションを起こすだろう。殺気がそのまま攻撃となって襲い来るかもしれない。
「オレとフレアが見張ってる間くらいは、何も考えるな。オレらが代わりに考えといてやるからよー」
「うん」
素直に厚意に甘えよう。ゆっくりと足を動かし、アレクの前を通り過ぎる。
「ありがとう」
「あぁ」
振り返った時に見たアレクは腕を組んで遠くを見遣り、蝋燭の灯が反射する瞳は力強さを感じさせた。
ミユのことを、この先のことを考えてくれているのだろう。
俺の冴えない頭で、いくら考えを巡らせたとしても、先の見通しが立つとも思えない。重たい身体を引きずり、何とか部屋へ辿り着くと、そのままベッドへと直行した。
* * *
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