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第16章 前世との決別 / 第241話
「……分かりました。オズ陛下に頼んでみましょう。ですが、外出は明日以降になってしまうと思います。それでもよろしいですか?」
「うん! アリア、ありがとう」
会議以外での、初めての自由な外出だ。あまりの嬉しさに、アリアに飛びついていた。すぐに抱き留めてくれなかったので、アリアがオロオロとしているのが顔を見なくても分かる。すぐに身体を離したけれど、アリアは揺れる瞳で私を見ていた。その表情はどこか嬉しそうだ。
「昼食、食べてしまいましょう。今日はサンドイッチにしてもらったんですよ」
バスケットに掛けられた赤いギンガムチェックの布をめくってみれば、ハムとレタスのサンドイッチがびっしりと並んでいた。パンの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「美味しそう」
口の中に溜まっていく水分を感じながら、生唾を飲み込んだ。それを見て、アリアはくすくすと笑う。
「ミユ様は先に食べていてください。私は陛下の所に行ってきますね。何かあったら、すぐに呼んでください」
「うん」
アリアはにこっと笑い、光の中へと消えていった。アリアの帰りを待っていては、サンドイッチが乾いてしまいそうだ。お言葉に甘えて、先にいただこう。
「いただきます」
手のひらを合わせ、呟いた。バスケットの真ん中からサンドイッチを摘まみ上げ、ぱくりと頬張る。ハムの塩味とパンに塗られたマヨネーズのコク、レタスの瑞々しさが掛け合わされ、思わず唸ってしまう程に満足のいく味だ。
仲間は今、どんなひと時を過ごしているのだろう。別れを予感しながらも、幸せで長閑な時間を過ごしていて欲しいな、と祈る。
そして、こんなにも穏やかな時間を、カノンは過ごせていたのだろうか、と時を遡ってみる。アイリスと上手く行かず、リエルへの片思いの時間が大半を占めていた。ヴィクトとは仲良く出来ていたけれど、私以上に幸福な瞬間を噛み締めることはなかったように思う。
カノンの分の幸せを、私がもらっている。そんな気がして止まない。
「ミユ様」
アリアの声が聞こえるまで、ぼんやりとアゲハ蝶の行方を追っていた。
「……アリア、おかえり」
ようやく視点の定まった目でアリアを捉えると、彼女はにこっと笑ってくれた。何を考えていたのだとか、無粋な疑問は口にしない。ただ、役目を果たしてくれた。
「明後日、城下町に行っても良いそうですよ」
叶いはしないだろうと諦めかけていた願いが一つ叶った瞬間だった。
「ホント?」
「はい。ホントですよ」
アリアの笑顔で、胸に明かりが灯る。右目から一滴だけ涙が零れ落ちた。
「ミユ様、どこか痛みますか?」
「ううん。多分、嬉しいんだと思う」
手の甲で涙を拭い、軽く首を横に振る。
「そうですか。安心しました」
必要以上に口にはしない。その代わり、安心したような表情がアリアの気持ちを物語っている。
揺れる花や飛び回る虫たちを眺め、サンドイッチを頬張った。こんなにも安らかな気持ちになったのはいつ振りだろう。遡れば、この世界に来る前になるだろう。それまでにこの世界では心が揺れ、弄ばれた。でも、嫌いにはなれない。
考えているうちに、食事もあらかた終わってしまった。水筒からカップに紅茶を注いでもらい、風に撫でられる。
「ミユ様、昔話でもしましょう。私が初めてお仕えした魔導師様の話を」
アリアはぽうっと遠くを見る。その表情はどこか悲しげだ。
「その方の名前はアンジェリーナ様といいました。魔導師名はアン・デュ・エメラルド様です」
「ふぅ……」と溜め息を吐くと、話を続ける。
「オニキス様が何か良からぬ事態を予知したのでしょう。アン様を――六人の魔導師様を守るようにと、私たち使い魔を創り出したのです」
「良からぬ事態?」
「はい。詳しくは後程……」
アリアは一度、口を横に結んだ。
「アン様の性格は天真爛漫で怖いもの知らず。私では手がつけられない程でした」
「カノンみたいに?」
「それ以上ですね」
カノン以上とは、どれ程、自由奔放だったのだろう。想像しようとしても無理があった。
「じゃあ、大変だったでしょ? アンさん、しょっちゅう部屋を抜け出したりして」
私の問いに、アリアは苦笑いしながら首を横に振った。
「そうでもありませんよ。私はアン様の居所さえ掴めていれば良かったのです。その頃、魔導師様のお部屋はこんな塔ではなく、城の中に設けられていました。部屋の出入りに制限はなく、城下街に行くことも、王様に会うことさえ自由だったのです」
そこまで話し終わると、アリアが一気に哀愁を漂わせ始めた。空にも雲が目立っていく。
「……私の思慮が欠けていました。いつも優しく話しかけて下さる王様が、その日だけは違っていたのです。六ヶ国の王様の会議が終わると、一目散にアン様の部屋へやって来ました。その表情は冷たく、背筋が凍り付くようで。そして――」
アリアは俯き、固く瞼を閉じた。私も思わず息が詰まる。
「私が止める間もありませんでした。王様は剣を抜き、抱き着こうとするアン様の左胸を一突きしたのです。人の死と言うものを初めて見た私は混乱してしまい、王様の次の行動に気づけませんでした。動かなくなったアン様の身体を揺する私に刃を突き立てたのです。最後に聞いた言葉は今でも忘れられません」
アリアは手を胸に当て、深呼吸する。
「『魔法を使えるのは王だけで十分だ。魔導師など必要ない』」
胸に銃弾が撃たれたような感覚に陥る。他人事のようには到底思えなかった。神が言っていた、王による魔導師殺害の一部始終だろう。口を出すのも躊躇われ、黙ってアリアの言葉に耳を傾けた。
「気づいた時には、私はあの部屋……塔にいました。そして、一緒に新しい魔導師様も」
アリアの瞳から涙が零れ落ちる。
「後から聞いたのですが、魔導師様が殺されたのは六ヶ国同時だったそうです。……私の地獄はそこから始まりました」
「地獄?」
恐る恐る聞いてみると、アリアは小さく頷いた。
「はい。死ねない地獄、魔導師様の死を見続けなければいけない地獄」
何百、何千もの魔導師、つまり、私の前世の死に直面してきたのだろう。その度に心を痛め、嘆いていたに違いない。想像すら出来ない悲しみだ。
「でも、それもあと七日で終わるのですね」
安堵のような、諦めのような儚いアリアの笑顔に、胸がぎゅっと締めつけられる。私という存在が、アリアをこんなにも苦しめ続けていたのだと。
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