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第6章 灼熱の砂漠 / 第112話
「うん、なんとか」
しかし、ミユは笑うばかりで俺の手を取ってはくれない。仕方なく、苦笑いを返すしかなかった。
たったこれだけのことが苦痛で堪らない。やはり、俺はミユのことが好きなのだろうか。
「オマエら、どうかしたのか?」
「ううん、なんでもない」
言っても真意は伝わらないだろうし、ミユの前で言うことではない。
首を横に振ってみせると、アレクは口をへの字に曲げて両腕を組んだ。
「ミユ、良いか?」
「うん」
アレクの問いに、ミユは決意に満ちた瞳を向ける。
フレアは息を吸い込むと、天に向かい声を張った。
「地の魔導師を連れてきたよ」
“地の魔導師、魔方陣の中へ来なさい”
聞こえてきたのは、一年前にも聞いたあの女性の声だった。
床のモザイク模様に刻まれている赤色の魔方陣が、ほんのりと光を放ち始める。
「行かなくちゃ……」
ミユは呟くと、一歩一歩、確実に魔方陣へと近づいていく。魔方陣の縁を踏むと、魔法陣から光の柱が立ち上る。そのままミユの姿は掻き消えてしまった。
「あたしも行かなくちゃ」
フレアは振り向くと、ニコッと笑った。
「ちゃんと二人で喧嘩しないで待てる?」
まるで子供に質問するかのように、フレアは俺とアレクの顔を見比べる。
ムスッとした顔を向けると、フレアはぷっと噴き出した。
「ごめんね、意地悪しちゃった。行ってくるね」
フレアは小さく手を振ると、俺たちに背を向ける。数歩進んだ所で、魔方陣の中に吸い込まれていった。
塔の中は影になっているとはいえ、熱いことには変わりない。ミユやフレアが戻ってくる前に、俺が倒れてしまう。
水の流れを意識し、頭の上から流水をかける。身体の火照りはだいぶ取れたように思う。
「オマエ、良いな」
アレクも風の魔法が使えるのだから、冷風を自分に当てれば良いのに。心の中で文句を言うが、口には出さない。
「おい、無視か?」
うるさい。こうなったら、いつまでも絡んでくるだろう。構ってやる理由もないし、これが一番の効果があるだろう。
アレクの頭上を目がけて、先程の三倍はあろうかと言う程の水を被せてやった。彼は奇声を発し、じたばたと暴れる。
「オマエ、今のはやりすぎだろ!」
「やってもらって文句言う?」
「はぁ!?」
憤慨したのか、アレクはがばっと立ち上がった。鋭い眼光を俺に向ける。
「オレは頼んだつもりはねぇ!」
「あれで頼んでないって言うんなら、ただの馬鹿だよ」
「オマエなぁ……!」
アレクの右手がこちらに迫る。そのまま俺の胸倉を掴むので、応戦しようと俺もアレクの右手を掴んだ。そんな時だった。
タイミング悪く、フレアが帰ってきてしまったのだ。俺たちを見たフレアは頭を抱える。
「やっぱり喧嘩してた……」
呆れたフレアの目を向けられ、アレクは手を放した。仕方なく、俺もその流れに乗る。
「いや、これは何つーか」
「何?」
「ただの揉めごとだ」
全く言い訳になっていない。フレアは盛大な溜め息を吐いた。
「それを喧嘩って言うの」
フレアは腰に手を当て、アレクを牽制する。
場を収めるために、謝るしかない、か。
「ごめん」
「アレクは?」
「済まなかった」
「うん、偉い」
満足したように、フレアはにこにこと笑う。そして、もう喧嘩をさせないためなのか、俺とアレクの間に割って入った。
静かな時が一瞬だけ訪れた。それもアレクによって破られる。
「大丈夫か?」
消え入りそうな程の声量でフレアに囁くと、問われた人は小さく頷いた。
「無理すんなよ」
「うん」
事情を知っているだけに、口を挟めない。今は二人の会話を聞き流すことにした。
それからしばらく経ってからのことだ。突如として魔方陣が輝き、一瞬で消え去る。そこには横たわったミユが取り残されていた。
「ミユ!」
駆け寄ってみると、瞼は閉じられており、呼吸も安定している。風の塔の時と同じ状態だ。
「早く連れて帰ってあげよう」
フレアの呟きを聞きながら、ミユの身体を抱き寄せる。どうしようもなく愛しい。思わず腕に力が入る。
「クラウ、出来たよ」
「今行く」
身を翻し、フレアが描き終えた魔方陣を潜った。
ダイヤに帰ってきてから雲は流れ、日は傾き、空はオレンジ色へと染まる。ミユは一向に目覚めない。アイリスの記憶のせいなのだろうか。
フレアは水嚢も準備し、ミユの傍らで待機している。そして、俺たちも。
「こんなに眠り続けてたら、ちょっと心配になるよね」
「うん……」
フレアの言葉にも、なんとなく返事をしてみる。
すると、ミユの瞼が持ち上がったのだ。途端に顔をしかめ、頭を抱える。
「った……!」
「ミユ!」
「おい、大丈夫か!?」
「大丈夫な訳ないでしょ」
ミユが返事をする代わりに、フレアが声を張る。てきぱきとミユの額に水嚢をセットすると、細い息を吐いた。
「まだ痛む?」
「うん……」
肯定はするものの、その声に力はない、表情だって険しいままだ。
「うぅ……」とか細い声を出すミユを見て、フレアは俺たちに向き直る。
「過去を見るのは一旦止めない? ミユの身が持たないよ。こんな辛そうな姿、見てられないよ」
ミユの右手に、フレアの左手が触れる。その瞬間、乾いた音が鳴り響いた。
「私に構わないで」
ミユがフレアの手を平手打ちしたのだ。
耐えきれなかったのか、フレアは一筋の涙を流す。
「……ごめんね。あたし、ここにいない方が良いよね。先に部屋に戻るね」
「フレア!」
その場から逃げ出したフレアをアレクが追う。
フレアはアレクに任せれば良い。今はミユが心配だ。ドアの方を見詰める焦茶の瞳は段々と潤んでいく。
「何で……? 私、そんな事言うつもりじゃなかったのに……。フレアのこと、傷つけちゃった……!」
その両手は泣き出してしまいそうな顔を覆う。
「これは『過去』のせいだ。ミユのせいじゃない」
「『過去』? どうして『過去』が出てくるの?」
「それは……」
カノンがアイリスを恨んでしまったがために出た行動だろうから。言いたいのに言えない自分がもどかしい。
「今日は眠った方が良いよ。大丈夫、ミユはミユのままだから」
頭を撫でたい衝動を殺し、代わりに拳を作る。
十数分見守っていると、ミユは寝息を立て始めた。余程、疲れたのだろう。
「今は、ゆっくり眠ったら良いよ」
戦いが始まる前の今くらいは。ミユに微笑みかけ、天を仰いだ。
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