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第7話 / 全11話
二週間が経過。
部屋にトースター、炊飯器、ケトル、スリッパを追加。
温かいパン、ご飯、お茶、スリッパを履く朔が日常になった。
夕食を終え、弁当の容器を片付ける。
部屋には、シャワー室で水が床を叩く音が響いている。
俺はポケットから錠剤シートの束を出す。
急いで、錠剤を出し、その山を胃に落とす。
舌の奥に苦みが残る中、錠剤シートの束をポケットに隠す。
しばらくすると、音が止む。
パソコンを冷却するファンの音が大きく聞こえる。
じわりと全身が汗ばむ。
ドアが開く音。湿った足音。
少し遅れて甘い匂いと、水分を含んだ湯気。
シャワー室前。
四つ折りの安価なパーテーションが視界を遮る。
作りの粗い折り目には隙間がある。
肌の色が動く。
限定された情報が、脳内で補完され朔の全体像が生成される。
朔が下着をつける。
毎日くり返される、狂いのない精密な動作。
俺の息に熱がこもる。唾を飲む。
パーテーションの裏から朔が現れる。
その瞳が俺を捉える。
俺の瞳も、朔を捉える。
髪は濡れている。
白い大きいTシャツが太ももまである。
頬、耳、腕、腿は赤々としている。
お互いの視線が交差。
互いに顔が発する赤外線を熱として捉える。
対象に認識された自覚は、うなじを熱し、汗がそれを冷やす。
向き合う、血色の良い顔。
お互いの耳の赤さに、お互いが視線を逸らす。
これが、シャワーのあとの儀式になった。
当初、朔は人前で平然と服を脱いでいた。
シャワーの後など、そのまま出てきた。
もちろん即注意。
あの時の朔は、俯いて唇から色が消え失せた。
その大きな瞳が暗い床を反射させていた。
俺は口を、滑らせた。
『見苦しいとかじゃなくて、どちらかと言えば目の保養になりすぎるというか……』
それ以来、朔はシャワーの後、俺の前で直立する。
俺の眼球は、朔の身体を精査する。
鎖骨の細さ、腰回りの脂肪の無さ、胸部の服の誇張のないシワ。
精査される朔も、俺の指先、肩や背中、脚回りを精査。
お互いに健康であることを確認し合っている。
部屋に響く、ドライヤーの音。
微細な埃が焼かれる、乾いた臭い。
その中に、朔のシャンプーの甘い臭いが鼻腔をかすめる。
濡れた朔の髪が、徐々に軽くなる。
部屋は塵一つ無い。
机、椅子、冷蔵庫。それらがLEDの光を反射させる。
買い物、食事の準備、掃除、洗濯、マッサージ、警備全般、目の保養。
全てのタスクを朔に割り当てた。
朔は躍動感のあるリズムでタスク処理する。
仕事に慣れて効率も上がる。
結果、時間が余り始めている。
夜の時間と、朔の体力が余っている。
健康な朔の体が、夜の時間を持て余している。
髪の毛が乾いた朔が、俺の横に立つ。
手を後ろに組んで、待機モードに入る。
安くて薄いシャツのシワが肋骨、鎖骨、骨盤を浮かび上がらせる。
同居六日目辺りから、朔のシャツと下着は白に一新された。
ロゴや飾りのない純白のTシャツと下着。
朔は、俺の目の保養という仕事を始めて以降、様々な色の服を買ってきた。
俺の心臓の振幅は白に反応。
なぜプライバシー権というものがあるのか。俺は、明確に認識した。
「時間があるなら、オシントを」
この命令に朔は頷き、作業を始める。
シャワーを浴びたばかりの顔は、朱色を残す。
オシント。公開情報の分析。
ネットを徘徊するだけでも、追手の状況を読み取れる。
事件ニュースを見る限り、隠した肉塊は見つかっていない。
元同僚の裏垢、ゲーム垢を確認しても、ニュース以外の事件捜査は始まっていない。
朔は隣で、途切れることのないタイピング音を響かせる。
画面は、黒い背景に白い文字の羅列。
文字列の中に、白いバーの増加表示もある。
PCのファンが耳に触る。
全力回転しGPUを冷やしている。
なお、朔のパソコンはモニターが三つに増殖している。
ネットを巡回し、データを収集。
AIに投げ、関係者の生活に変化があるかを分析。
その結果が画面に文字列と白いバーで表示される。
PCを買った後、朔は丸三日ほどキーボードを叩き続けた。
フリーソフトを吟味し、オープンソースを漁り、自らコードを書き足す。
このシステムは、そうして作られた。
朔の瞳に、文字列の白い光が反射して輝いている。
頬はとても柔らかそうだ。
その距離は10センチメートル。
俺の肌が、朔の体温を感じている。
タイピング音が止む。
PCファンの回転が収まる。
朔の眼球が左右に振幅し、画面の文字列を脳に入力している。
柔らかい頬が白くなる。
唇が朱色から紫に変わってゆく。
見開いた瞳に白い文字列が反射する。
俺も口の中が乾き始めた頃、朔の口が開いた。
「敵」
部屋の空気が壊れた。
朔はモニターを見つめたまま、キーボードを叩く。
「教官が来た」
「気に入っていた女が店を欠勤しSNSへの投稿が停止」
「当該地区で反社の連絡担当のSNSに臨時収入の形跡。ゲームのイン率低下」
「取引業者のウェブショップで洗浄液に欠品が発生」
報告を終えた朔が俺を見る。
俺は震えそうな膝を手で押さえる。
朔は俺の動く気配のない口元を確認してから、小さな口を動かした。
「許可を」
俺の目が朔の瞳から離れる。
首が重力に負ける。
自分の心臓の音が聞こえる。
残っていた二人。『教官』と『責任者』
俺は、目を閉じた。
「許可を、する」
朔が机の引き出しを開け、拳銃を取り出す。
服を脱ぎ、右足にホルスターを装備し始める。
朔がセーラー服に着替え終わった頃。
俺はやっとマウスを動かし始める。
震える人差し指でファイルを開く。
ファイルのリビジョン、上書き回数は176。
この二週間、毎日十回以上は練り込んだ。
ファイルに記載された内容を読む。
マウスを持つ指先が震える。冷たい。
目的達成に必要素材。
自動車、大型スーツケースが二つ、拳銃、手榴弾。
身長145センチメートルの女。
「私が作った計画」
朔が横に立っていた。
その白い顔は、俺の震える指先に向けられている。
汗ばんで小刻みに振動する俺の手を、朔の瞳が捉えている。
俺の右手が俺の意思を離れた。
朔の頬は、押した指をわずかに押し返す。
引っ掛かりも抵抗もなく指が滑る。
ただ、冷たい。
俺の手の熱が、朔の頬に奪われてゆく。
朔を温める大義名分が成立した。
俺の視界から朔が消える。
俺の左手が朔の肩甲骨の小ささを確認している。
右手は朔の髪を乱し、毛が指にまとわりついている。
左の鎖骨が朔の額と衝突し、小さな衝撃を身体に響かせる。
腹部は小さな胸の柔らかさと熱を感じ取る。
両足は、朔の両足を包み、その細さを実感している。
簡単に持ち上がりそうなほど小さい。
座ったまま俺に捕獲された朔は動けない。
その小さな手は、俺の背に回る。
朔の熱が、伝わってくる。
足に、冷たい異質感。
朔の右足に存在する、固くて重い鉄の質量。
俺以外の物体が、朔に巻き付き、朔を支配している。
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暗く細い道、湿っぽい空気。
欧州の城砦をモチーフにした建築物。
ネオンの看板は割れていて光っていない。
白い壁は汚れでくすんでいる。
視線を遮る受付のカウンターには、受け渡し用の小窓。
本能に溺れる人間のためのシステム。
後ろめたさと類人猿の本能を除菌し、繁栄に貢献するインフラ。
俺の腕に絡みつく女の身長は145センチメートル。
鼻腔を突き刺す、洗剤の原液のような薬品臭。
赤茶色の髪は痛み、一部が青く染められている。
短いスカートに胸元開いたキャミソール。
二時間前までホストを掴んでいた腕で、俺を掴んでいる。
俺の量産品の安いスーツが汚れて臭くなる。価値が暴落する。
エレベーターで最上階へ。
青く照らされる廊下を抜け、最奥のドアを開ける。
女の足が止まる。
部屋の奥にセーラー服の少女という記号。
女の白く塗装された顔が俺に向けられる。
少女の瞳が、女を捉える。
俺を掴む女の腕。俺を見上げる女の瞳。
いつも通りの、固定された凍った少女の顔。
ではない。
LEDの光が少女の瞳で収束し小さな点となり反射する。
その視線が刺さる。眼球の奥が痛い。
足が動かない。足の裏まで汗がにじむ。
少女が腕を上げる。
ソ連製拳銃のトカレフを両手で固定。
閃光。鼓膜を鋭くえぐる痛み。
衝撃波が部屋中で反響して鼓膜に刺さる。
同時に、俺を掴む女の腕から力が抜ける。
ひどい耳鳴りと、硝煙の臭い。
殺人教唆。死刑、無期懲役、または5年以上の拘禁刑。
「女衒」
視界の定まっていなかった俺の視線にセーラー服が映り込んだ。
白い顔の朔。その瞳が俺を捉えている。
「よくやった。朔。そうこいつは女衒だ」
頷く朔の唇に赤みが戻る。
部屋の奥にあるベッド。
その上に、手榴弾。自動車の鍵。万札が8枚。銃弾が数発。
横に、アイテムの所有権を剥奪された肉塊。
仕立ての良いストライプのスーツ。
黒い開襟シャツ。
腕には高級時計。
朔とこの部屋に入った物体。
この世に存在する価値のない物質。
黒い袋になった。
最上階の4部屋は全て入金済み。
廊下に人はいない。
立入禁止の札がかかる階段。
黒い袋を二人で持ち上げる。
朔が上で、俺が下から支える。
屋上に出ると、風が通り抜け汗が冷やされる。
エアコンの室外機の先にある城砦の装飾。
安価なFRPで作られたハリボテ。
塔の根元にある、点検口。
中には、脚立とビールケースと古い垂れ幕。
そこに黒い袋が加わった。
これで、必要な素材が全て手に入った。
死体袋は残り4枚。
「弾薬は9mmが490発、トカレフ弾は11発」
一瞬、思考が止まる。
聞こうとしたことが、的確に返ってきた。
朔は、いつもの固定された顔。
この二週間の共同生活。
朔の思考予測精度は日々上がっている。
部屋に戻り、血痕を取り除く。
壁に開けた射入口。
隣の部屋の壁紙を切り取って、パテで埋めて張り直す。
壁紙を切り取る場所は料金表の裏。
発見されるのは料金が変わる日だろう。
俺が床を拭いている間に、他は朔がすべて終わらせた。
作業が終わり、朔が俺を見る。
「まだ時間ある」
その言葉に、俺の目は一瞬、朔を視界から外す。
「そうだな」
隣の部屋に移動する。
俺は服を脱ぎながらベッドに座る。
朔もセーラー服を脱ぐ。
腰の銃を外し、下着を下ろす。
朔が俺の顔を確認。
朔が先にシャワーを使う。
窓ガラス越しに、シャワーを浴びる朔がよく見える。
ズボンを脱ぐ。
ベッドがすごく柔らかい。
枕元にはライトのスイッチ類。
部屋の観察を終える前にシャワーが止まる。
ドアが開き、朔が体を拭きながら出てくる。
水が控えめな曲線に沿って流れ落ちる。
俺もシャワーを浴びる。
顔にお湯が当たる。手の汚れが落ちる。
ガラスが曇って朔が見えない。
シャワー止める。息を吐き出す。
体の熱を冷ましてからノブを回す。
朔は服を着ていた。
まだ髪は乾かしきれていない。
俺のスーツに除臭スプレーを吹きかけている。
肺の圧力が解放される。
朔の潤んだ瞳が俺を捉える。
「時間、まだあります」
俺の首筋が一気に熱を持つ。
朔の言葉の理由を考える。
隣の部屋でスーツケースに格納された女。
俺がここまで連れてきた存在。
俺が求める機能が提示されている。
朔を使えば気が晴れる。
「全部終えてから、家でゆっくりする」
朔の顔が少し赤くなり、頷く。
俺に選択肢はなかった。
朔の仕事を増やしたのは俺だ。
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