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第18話 / 全32話
夕方。目を覚まして物置から出ると、千春が寝床で寝ていた。起こさないように静かに部屋を出て、台所へ向かう。今日はすまほで調べた新しい献立を試す予定だった。下準備は昨夜のうちに終わらせているので、あとは調理するだけ。冷蔵庫から刻んだ食材を取り出し、火にかけていく。
しばらくして、目を覚ました千春が部屋から出てきた。
「おはよー。今日は何作ってるの?」
「鮭の南蛮漬けにしてみた」
「おー! おいしそう! なんか手伝う?」
「もう出来上がるから、器によそってもらえるか」
「はーい」
出来上がったものを居間の机に運び、二人で手を合わせた。まずは、出来栄えが気になる魚南蛮漬け。口に含んで確かめる。さっぱりとした味わい。電子レンジで軽く加熱した野菜は歯応えを残しており、食感も楽しい。鮭もしっかり味が染みていた。
「……やっくん、これめちゃくちゃ美味しいね! 新メニュー?」
「すまほで調べた料理だ。千春が気に入ったなら、また作ろう」
千春はいつも、作ったものをそれは美味しそうに食べてくれる。作り甲斐があるというものだ。
味噌汁を一口飲んだ後、千春が「あ!」と言った。何かを思い出したのか。
「ご飯が終わったら、今日は血をあげるね」
「……助かる」
「あとね。それが終わったら、今日はプレゼントもあるよ」
「ぷれぜんと?」
「うん! 楽しみにしてて」
血の他に、何かくれるらしい。何をくれようとしているのか。少し考えながら、残りの夕飯を食べ進めた。
食事を終え、後片付けをしている間に、千春は私に与える血を準備してくれた。直接噛むことなく、水飲みに入ったものを飲むだけ。初めは違和感があったが、慣れると楽だし量もしっかり飲むことができる。私の体の調子はすこぶる良かった。
そして、血を飲み終えた私の前に、小さな包みが差し出される。
「はい! 今日バレンタインだから買ってきたよ」
「ばれんたいん?」
「チョコをあげるお祭りみたいなやつだよ。美味しいの食べてもらいたくて、ちょっと奮発しちゃった」
千春はそう言って、少し照れたように笑う。「開けてみて」と言われ、包みを手に取る。ツルツルとした紙で綺麗に包まれ、飾りの紐もついている。どうやって開けたらいいのか分からず苦戦していると、千春が笑いながら手伝ってくれた。
中から出てきたのは、小さな箱。蓋を持ち上げると、指でつまめるほどの大きさのものが、箱の中でさらに仕切られて十個ほど入っていた。茶色いものが多いが、中には白いものや赤いものもある。形も色々だ。……なんだかキラキラしていて宝物のように見えた。
「ひとつ食べてみて」
千春に促され、目についたひとつを摘んで口に入れてみる。入れた瞬間、豊かな香りと甘みが広がり、口の中でまろやかに溶けていく。これが……ちょこ……!
「……美味しい?」
私が頷くと、千春は満足そうに笑った。
千春が寝た後、私は戸棚の上ですまほを操作していた。千春がくれたちょこはすごく美味しかった。だが、これをあげるお祭りというのがよく分からなかったからだ。
『バレンタイン』
『女性から男性にチョコレートを贈って愛を伝える日。最近は「自分へのご褒美」や日頃の感謝を伝えーー』
(……愛!?)
ちょこは、ただの贈り物ではないということか。
さらに調べていくと、祭りの由来についても書かれていた。
『バレンタインデーの起源は、西暦3世紀の古代ローマにさかのぼります。皇帝の迫害下で、愛し合う兵士たちのために秘密裏に結婚式を行い、処刑された司祭「ウァレンティヌス(聖バレンタイン)」を追悼する宗教的な記念日が本来の姿です。』
(……元は全然違う話だったのだな)
そして、一ヶ月後に『ホワイトデー』という祭りがあることも知った。しかも、『本命』の場合のお返しは貰った金額の二、三倍であるとも書かれている。私は頭を抱えた。
(……私に、返せるのか……?)
千春は、私に毎週血を与えてくれる。その代わりに私は家を守り、千春の身の回りのことをこなすことで恩を返しているつもりだった。
だが、千春は血の他にも様々なものを私に与えてくれる。着るものにはじまり、着るものを納める収納やすまほ、そして今回はちょこだ。
私は、当然ながら金銭は持ち合わせていない。人間のように、贈り物を店で買うことはできない。だから恩を返すなら、自分で返すしかない。今日のちょこの礼をするなら、私自身が相応のものを作るしかないだろう。
私はもう一度すまほを取り出す。『ホワイトデー お返し』と打ち込んで検索してみる。
読んでいくと、様々な名称が並ぶ。菓子の種類なのだろうが、私が知らないものばかり。しかも、菓子の種類によって異なる意味が込められているとか。
そもそも、どんな菓子なのか分からないのに、どれを作れば良いのかなど判断できるはずもなかった。
(……ひとつひとつ試してみるしかない、か)
その日から、私の返礼用の菓子作り研究が始まった。
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