読み込み中...
読み込み中...
第16話 / 全32話
ある日の夜。夕飯の後、やっくんが洗い物をしにキッチンに立っている間、私はなんとなくテレビのリモコンを手に取って電源を入れた。別に、観たい番組があったわけではない。「今日は何か面白いものあるかなー」というかんじだ。特に何も考えてはいなかった。
リモコンを操作してチャンネルを変えていくと、ある自然番組が目に止まる。
昔からやってる日本の自然を紹介する番組だった。その番組ではいつも、なんて事のない平和な自然の様子が紹介されている。森の木々や小鳥の鳴き声。癒される。私はリモコンをこたつテーブルに置いて、そのままぼんやりと映し出される映像を眺めていた。
やがて洗い物を終えたやっくんがこちらに戻ってくる。やっくんはテレビの方をチラリと見てから、特に何も言わず腰を下ろした。いつもの席に座ると位置的にテレビが見られないので、テレビの正面でこたつに入っている私の斜め横に座って、こたつに足を入れた。
やっくんは、当然ながら最初はテレビにも驚いていた。来客モニターの時のように「ここにも人が閉じ込められているのか」なんて言って。ちゃんと説明して誤解は解いた。今ではもうすっかり慣れたものだ。
二人はそのまま、特に何も話すことはなくぼんやりとテレビを眺めていた。すると、画面いっぱいに小鳥が映し出される。頭が黒く、頬のあたりが白い。顎下から腹部にかけて黒いラインがあって、それがまるでネクタイのように見えた。翼が暗っぽいから、それもあってなんだかおめかししてるみたいに思えた。くすりと笑みが漏れ、頬が緩む。
そんな私の視界の隅で、やっくんの肩がぴくっと動いたような気がした。
「……?」
特に気に留めることもなくそのまま小鳥を眺めていたのだが、視界の隅が急にばたつき始めた。目を向けると、やっくんがこたつから這い出し、慌てたように飛び上がって棚の上に移動した。……え?
「……やっくん? どうした?」
「…………」
返事はない。やっくんは硬い表情のまま、棚の上で黒い布を纏って縮こまっている。
私は、再び画面に視線を戻す。テレビのナレーションが小鳥の解説を続けている。名前は、シジュウカラというそうだ。この映像が撮影された春は子育てのために忙しいシーズンらしく、あちこち忙しく飛び回って雛鳥の餌となる虫を探している。
シジュウカラは時折り、ツツピーツツピーととても澄んだ美しい声で鳴く。地元にいた頃、外を歩いている時にこんな鳴き声を耳にした記憶がある。かわいい姿に美しい鳴き声。癒されるなぁ。そう思って観ていたのだが。
「ひっ……!」
棚の上のやっくんは、なぜか怯えたように耳を塞いだ。私はため息をついた後、リモコンを手に取ってテレビの電源を落とした。
「……やっくん、消したから降りておいで」
やっくんはおそるおそるテレビの方を覗き見る。それからほっと息をつく。棚の上から音もなく飛び降りると、こたつの方に戻ってきた。
「一体どうしたの? 別に、なんてことのない番組だったと思うけど」
やっくんは視線を下に落としたまま小さく首を振る。少しして、ぽつりと言った。
「……あの鳥は恐ろしい存在なのだ」
「恐ろしい? どこが? かわいかったけど」
「見た目の話ではない。あいつは卑怯で狡猾で……しかも残酷だ」
私が何も言えずにいると、やっくんが静かに語り出す。
「……昔、まだ私が普通の蝙蝠だった頃、仲間がやられるところを何度も目にした。……あいつは、私の敵なのだ」
それだけ言って、やっくんは黙り込んでしまった。どうやら昔、あの小鳥との間に何かあったらしい。小鳥と蝙蝠の応酬……想像すると微笑ましい光景しか浮かばないけど。
私はポケットからスマホを取り出した。検索窓に『シジュウカラ コウモリ』と打ち込む。すると、予測変換に『シジュウカラ コウモリ 脳』と表示された。
(……脳?)
少しだけ、引っかかった。だが、ひとまず最初に入力したワードで検索してみた。表示された説明文に視線を落とす。
『シジュウカラは、越冬中のコウモリを捕食することが知られています。冬眠中のコウモリを嗅ぎつけ、頭蓋骨をクチバシで割って栄養価の高い脳を食べるという、衝撃的な生態が報告されています。』
「……は?」
私は説明文を二度見した。頭蓋骨をクチバシで割る? ……脳を、食べる?
私は検索窓をタップした。ワードを『シジュウカラ コウモリ 脳』に切り替え、検索をかける。
表示された文章は、それは恐ろしいものだった。
『シジュウカラが越冬中のコウモリの頭蓋骨をクチバシで割り、脳を食べる行動が観察されています。冬眠から目覚め意識がもうろうとしたコウモリの鳴き声を手がかりに襲い、高栄養な脳を効率よく狙うこの習性は、群れの仲間から学ぶ社会的学習によって代々受け継がれています。』
……頭をかち割って脳を食べる行動が、学習で受け継がれている、だと?
つまり、「ここを突くと栄養たっぷりだぞ」「なるほど!」みたいな文化があるかもしれないってこと? なにそれ怖い。
「…………本当だった」
「……調べたのか」
「うん。だって、そんなに怖がる理由がわからなくてさ。でも……」
私はやっくんの方を向いて頭を見た。やっくんの、かわいいふわふわの頭。
そして、想像してしまう。
やっくんが寝ぼけているところを頭を突かれ、頭蓋骨をかち割られて脳を食べられるところを。
私の顔を見つめていたやっくんは、小さく頷いた。
「……怖かろう」
「うん、想像以上に怖かった……」
深いため息が漏れた。
「明日からシジュウカラ見ても『かわいい』って言えなくなりそう……」
「私は最初から言えぬ」
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する