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第22話 / 全32話
西陣記念病院の休憩室にて。私は同僚の美咲と雑談しながら昼食をとっていた。
「……ていうか千春、もうすぐ誕生日やな」
「あー、そう言われてみれば」
「この間の合コンの後は、誰とも続いてないやんな?」
「そうだね。なんかしっくりこなくて」
美咲は少し考えた後、「じゃあ」と言葉を続ける。
「今年はうちが遊びに行ったろか?」
「え、いいよそんな気遣わなくても」
「寂しくないんか?」
「……寂しくはない、かな。うん。充実してる、かも?」
「かも?」
「ええと……あ。私早番だからもう時間だ。また今度話すね」
休憩室を出て、廊下を歩きながら先ほどの美咲との会話を反芻する。言われてみたら、全然寂しさ感じてないな、と。彼氏がいないことなんてすっかり忘れてた。その理由は、考えるまでもなく明らかだった。
(……この歳で、彼氏いないことに寂しさすら感じないのまずいのかな。でも、実際寂しくないしな……)
そんなことを考えながら、午後からの勤務をこなした。
仕事を終え、バスと地下鉄を乗り継いで家の最寄駅に到着し、今日も来てくれていたやっくんと一緒に家までの帰り道を歩く。歩きながらも、今日の美咲との会話が頭から離れない。それで、つい口から漏れてしまった。
「今日、同僚に彼氏がいないことを心配されてさー、誕生日を祝われそうになっちゃった」
「……誕生日?」
「そう。私もいい歳だからさー。この仕事してたら生活には困らないんだけど。……将来のこと考えたら相手も探さないとって思うんだけど、最近いまいち必要性感じなくなっちゃってて。ちょっとまずいよねぇ」
軽く笑いながらやっくんの顔を見ると、やっくんは真面目な顔で正面を向いたまま、何やら考え込んでいた。
「……? やっくん、どうかした?」
声をかけると、少ししてからやっくんがこちらを向く。
「……千春という名は、春に生まれたためであったか。……誕生日はいつなのだ」
***
千春が眠った後、私はすまほで検索をしていた。先ほど、千春の誕生日を知ったからだ。職場の同僚との話は、私に「人間は生誕を祝う風習があること」を思い出させた。だが、おそらく現代では昔とは祝い方も異なるだろう。
調べていくと、現代では贈り物や旅行をしたり、手料理、ケーキなどでお祝いするのが一般的らしい。
贈り物や旅行は難しいが、手料理とケーキならば自分にもできる。私は千春の誕生日に、千春の好物とケーキを用意することに決めた。さらに、ケーキはホワイトデーの時にギリギリで却下したガトーショコラを焼くことにした。
そうと決まれば早速試作作りだ。私は戸棚の上から飛び降りると、台所に立った。
ガトーショコラはチーズケーキとは作り方が違う。だが一度ものにした技術は他でも生かすことができる。今回、一回きりの試作でもかなり完成度の高いケーキを作ることができ、私は満足した。
それから当日の日の献立も考えて決める。千春は煮物を好むので、たっぷりと用意することにした。
そして誕生日の当日。私は千春を迎えに行くために外へ出ると、家の扉の鍵を閉めた。
早春だ。いまだ日は落ち切ってはいない。うっすらと陽の光が残る薄闇の空を飛びながら、日が長くなったなと感じる。
これ以上空が明るくなれば、仕事を終えた千春を迎えに行くことは難しくなるだろう。
……そもそも、暗くなければ帰り道の危険も減るので、必要もない。
せいぜい、あと数回だろうな。そんなことを思いながら、いつもの街灯を目指して飛んでいた。
そのとき、ふと、後方に気配を感じた。私は飛ぶのをやめて、途中の屋根の上に降り立つ。後ろを振り返ると、薄闇の空の中に黒い影がひとつ。
(……これは珍しいな。他の野衾か)
向こうも、しっかりこちらに気づいている。その場で待っていると、まっすぐこちらに飛んでくる。力強い飛び姿と、ほんの少し裂けた羽衣。その姿を、私は知っていた。
その野衾は、同じ屋根の上に少し距離を置いて降り立った。
「……久遠院夜行。生きていたか」
「玄牙。久しいな」
玄牙は、少しだけこちらとの距離を詰めてきた。話のしやすい程度にまで近づくと立ち止まる。
「橘家の近くに気配がなくなっていたからな。……あの家は長かっただろう。何があった」
橘家。千春の前に世話になっていた家の名だ。
長く添って死んだ契約者の顔と、私との契約を拒んだ契約者の孫の顔が、脳裏に浮かんだ。
「……世代交代の際、契約を受け入れられなかったのだ。だから離れた」
玄牙はほんの少し目を細める。
「そうであったか。……やはり、一つの家に固執するのは危険だな」
「先のことが分からないのはそちらも同じだろう。……今は、新しく他の契約者を見つけてそちらで世話になっている。問題はない」
私は、そう言い切った。玄牙は小さく息を吐く。
「……そうだろうか。今の契約者が死ねば、また同じことになるのだぞ」
「分かっている」
話しながら、駅の方が気にかかり、視線がそちらに向いた。このままここで話していたら、千春が駅に着いてしまう。私は体に纏っていた羽衣を掴んで広げた。
「……用がある。今日はこれで」
「久遠院夜行、待て」
呼び止める声に構わず、私は羽衣を広げて飛び上がり、屋根の上から離れた。
飛びながら、ちらりと後ろを振り返る。玄牙は、しばらく屋根の上に立ったまま、こちらを見つめていた。
その後、私はいつもの街灯の上に降り立つ。駅から人がたくさん出てきていた。少しして、その中に千春の姿を見つける。人だかりが少なくなった時を見計らい、側に降り立つ。
「やっくん。今日もお散歩?」
「ああ。……日が長くなったな」
「ほんとだね。この時間になっても、まだ真っ暗じゃない」
少しの間、二人の足音だけが続いた。
「……日が長くなったら、やっくんは起きるの遅くなるよね」
「……そうだな。ここにも、来られなくなる」
「そっか」
会話はそれだけだった。そのまま、二人並んで家に帰る。
家に着くと、千春はいつも通り風呂へ向かう。その間に私は机の上に用意しておいた夕飯を温め直し、ケーキと共に並べた。
風呂を終えて出てきた千春が、机の上を見て固まった。
「……え、なにこれ。めちゃくちゃ豪華なんですけど……」
「今日が誕生日なのだろう。……おめでとう」
「……うわー、そういうことか! サプライズパーティー! やっくん、やるじゃん!! だからだよ、こういうことしてくれる人が家にいるから、危機感なくなるんだって!」
千春は頭を抱えると声を荒げた。
「……さぷらいず? 危機感なくなる?」
私の問いに、千春はキッとこちらを向くと肩を掴んでくる。
「……ありがとう! やっくんがお祝いしてくれるから、私全然寂しくないよ!」
……どうやら、喜んではくれたようだ。だが、何故かほんの少し嘆いているようにも見える。私には、その理由までを推し量ることはできなかった。
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