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第25話 / 全32話
食事を終えた後、私は二人掛けソファーに腰掛けてぼんやりとテレビを眺めていた。今日はエジプトの遺跡の特集だ。私はそこまで普段から遺跡に興味があるわけではない。それでも、なんとなく知的好奇心を刺激されて惰性で見てしまっていた。
私がテレビを見ながらぼんやりしている間に、やっくんはテキパキと洗い物を済ませてくれた。ソファーの方に歩いてくると、ソファーの肘掛けの上にひょいと乗ってしゃがむ。一瞬だけテレビに目をやった後、興味なさげに視線を逸らすと、充電してあったスマホを手に取って小さい画面に視線を落とした。
……最近、やっくんはスマホをよく見ている。いや、私が渡したからなんだけどさ。
やっくんは、もうかなりスマホを使いこなせるようになっていた。動画を見たりはしないので、主な用途は検索だ。調べたことを日々の暮らしに役立てたり、暇つぶしに役立てているみたい。
それ自体は、とても良いことだと思う。ただ、暇つぶしがスマホばかりになるのが、私としては少々気になるところだった。
……実はさっき、帰ってくる前に書店で遊びに使える本を買ってきた。でもそれは一人遊び用のもので、今の私の気分には少し合わない。
なんというか、もっとこう、やっくんと一緒にできるような遊びはないだろうか。
少し考えて、私はトランプというものの存在を思い出した。この家に引っ越してから一度も使っていなかったが、たしか戸棚の引き出しにしまってあったはず。
私はソファーから立ち上がると戸棚の方へ向かった。引き出しを開けて中をゴソゴソと漁ると、思った通り。引き出しの奥の方に、それは眠っていた。
「やっくん。一緒にトランプで遊ぼう」
そう言って振り返ると、やっくんはスマホの画面から顔を上げた。私の顔と、手の中にあるものを交互に見た後、ほんの少し首を傾げる。
「……とらんぷとはなんだ」
私はテーブルの上に持っていたカードを置き、広げて見せた。
「これがトランプ。数字と絵柄の入ったカードがたくさんあって、色々な遊びができるんだよ」
話しながら、広げたカードの中から数字の一を四枚探して手に取った。
「こんなかんじで、同じ数字が四枚ずつ入ってるの。数字は同じだけど、ここのマークが違う。四種類あるんだよ」
「……なるほど。確かに全てに同じ模様が入っておるな。数字はいくつまであるのだ?」
「十三だよ。十一からはアルファベットと絵柄になるの。……これこれ。J、Q、Kだよ」
やっくんは肘掛けから降りてテーブルの前に来ると、それぞれのカードを手に取ってまじまじと見つめる。数字と文字を当てはめて覚えようとしているらしい。
「……あとね、例外のカードが二つ。これなんだけど」
私はトランプの中からジョーカーのカードを探し、手に取ってやっくんに見せる。
「ジョーカーっていうの。遊ぶルールによって変わるんだけど、たいていは切り札とか、他のカードに化けるカードみたいな使い方をするよ」
「……ほう。なかなか奥深そうだな。それで、どうやって遊ぶのだ?」
どうやって遊ぶのか。そう問われて最初に私が選んだ遊びは、『ババ抜き』だった。
トランプを覚えたての人が最初にやると言ったらこれだろう。――そう思ったのだが。
「……! また負けた……。千春、どうしてこちらがジョーカーだと分かったのだ?」
「だってやっくんてば、顔に出すぎ! もー! かわいいんだから!」
つい膝立ちになり、ふわふわの頭をガシガシと撫で回してしまった。やっくんは「うわっ、やめろ!」と言って自分の頭を手でガードする。
「ごめんごめん。かわいすぎてつい」
「かわいいって言うな」
「ごめんて」
次。まだ初心者向けの方がいいかなと思い、『七並べ』をやってみることにした。しかし、やり始めてから気づいたのだが、このゲームには問題があった。二人でやると、お互いの手持ちのカードが手に取るように分かってしまうのだ。
最後、テーブルの上に綺麗に並んだカードたちを見ながらため息をつく。
「……うーん。七並べは三人以上の方が面白いかも」
「そうか? カードの数や種類、絵柄が一度に見られて勉強になったぞ」
「いや、ね。本来はそういうゲームじゃないのさ」
次は『神経衰弱』をやってみることにした。カードを切って裏面にしたものをテーブルに並べ、数字や絵柄を合わせていく。
やっくんは記憶力が良い。その記憶力が、神経衰弱ではふんだんに発揮された。ババ抜きとは比べ物にならず、段違いに強い。
「あはは! こっちはこっちで全然勝負にならないんじゃが! やっくん記憶力良すぎ!」
「うむ、これは得意だな」
ひとしきり笑った後、ふと前に話したことを思い出した。
「……そういえばさ。前に囲碁ならやったことあるって言ってたよね。なんで囲碁?」
「ああ。世話になった和尚が好んでいてな。相手をさせるために覚えさせられたのだ」
「へー。そんなことしてたんだ。どんな時にやってたの?」
「和尚が勤めを終えて夜眠るまでの間に付き合ってやっていたな」
「……ねぇ、その和尚さんって、どんな人だったの?」
やっくんは少し黙ってから、ゆっくりと口を開く。
「……料理の味や家事にうるさい人間であったな。妖怪である自分に、なぜか他の弟子にするように、料理や家事を叩き込んだのだ。……奴が何を考えてそうしたのか、今でもよくわからん」
言いながら、懐かしむようにほんの少し目を細める。
「……だが、奴から叩き込まれた技術が今でも役に立っておる。……ありがたいことだな」
「そっか。……ねぇ、私、ちょっと思ったんだけど」
「……なんだ?」
「和尚さんがやっくんに教えてくれたことで、今度は私が助けてもらってると思ったらなんか不思議で。……ずっと昔の人なのに、やっくんを通して知り合いになった気分というか」
和尚さんも、やっくんの料理を美味しいと思ったんだろうな。いや、美味しくなるように鍛えたのか。
だから私は今、毎日美味しいごはんが食べられている。それって、なんだかすごいことだと思う。
「……その和尚さんがいたのはどこのお寺なの? 今も残ってる?」
「あるぞ。久遠院という寺だ」
「久遠院? ……あれ、それって確か」
「ああ、私の名だな。久遠院夜行とは、久遠院の夜行という意味なのだ」
私はポケットからスマホを取り出す。『久遠院』で検索してみると、一発で出てきた。
「……ここか。有名なお寺なんだね! しかも、そんなに遠くもない。今度行ってみようかなー」
私がそう言うと、やっくんは小さく笑った。
「行ってみるといい。……奴も、喜ぶかもしれん」
***
千春が寝た後、私は一人、黙々と折り紙を折っていた。目の前には折り紙の山と、折り紙の折り方が書かれた本が置いてある。千春が、暇つぶしにどうかと思い買ってきたらしい。折り紙は昔からある遊びらしいが、自分はやったことがなく、存在すら知らなかった。
定番だという鶴の折り方を覚えた後、本を手に取ってパラパラと捲る。すると、『ハロウィンの折り紙! コウモリの折り方』と書かれた項を見つけた。そこには丸っこくて愛嬌のある蝙蝠の折り方が丁寧に紹介されていた。思わず、少し笑ってしまう。
……先ほど、千春とした話を思い出す。世話になった和尚の思い出話だ。あんなふうに誰かに話したのは、今日が初めてだった。
奴が死んでいなくなった時、大きな喪失感あったことを覚えている。今でも、思い出すと胸が痛い。……それでも、時が経てばあんなふうに他人に話せるようになるのだな、と。
ふと、千春の笑顔が脳裏をよぎる。
いつの日か……。
そう考えかけて、頭を振る。今はまだ、考えたくない。
私は机の上の折り紙の山から、一枚を手に取った。本の項を見ながら、ひたすらに手を動かす。気づけば、丸っこい蝙蝠が机の上に山をなしていた。
結局その日は外には出かけることもなく、私は家の中で折り紙を折り続けた。
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