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第10話 / 全32話
千春が風呂に入ってる時のこと。突然部屋の中に『ピンポーン』と音が響き、耳がピクッと動く。
私は戸棚の上に一瞬で移動すると、思わず羽衣を広げた。――何事だ。敵か。
すると、風呂の戸が開く音がして千春の声がした。
「ごめーん、誰か来た! たぶん宅配だから、インターホンのボタン押して返事して!」
「……いんたーほんとはどれだ」
「玄関のドアの近くの壁にある……ええと、箱みたいなやつ!」
見ると、確かに壁に箱のようなものがついていた。私は戸棚の上から箱の前に飛び降りると、言われた通りぼたんを押してみる。
すると、黒かった部分が明るくなり、中に人が現れた。
「……箱の中に人がおる」
『お届け物でーす』
「……これは、どうなっている……?」
なぜ、この人間はこのような狭い場所に入ってしまったのか。
横から、そして後ろからも覗き込んでみた。……薄い箱だ。いったいどうやってこの中に入ったのだろう。試しに指でつついてみたが、反応はなかった。
『……? あのー』
「……どちら様だ?」
『Amazonです』
「……尼僧? 前にも聞いた名だな」
すると、脱衣所の扉が開き、タオルを体に巻いた千春が慌てた様子で出てきた。こちらに駆け寄ってくると、私の体を押しのけ、箱に向かって話しかける。
「すみませんっ! お願いします!」
そう言ってから箱のぼたんを押すと、千春はほっと息をついた。
「ふー、間に合った。……今の人が荷物を持ってきてくれるから、玄関の鍵を開けて受け取ってもらえる?」
「……今の箱の中の人がか。あの男は、外に出られたのか?」
千春は吹き出す。
「そうそう……出られたんだよ」
「……危険はないのか」
「ないよ! 大丈夫! けど、流石にこの格好じゃ出られないから。やっくん、お願いね」
少しして、外から人の足音が聞こえてきたかと思うと、またピンポーンと音が鳴り、耳がピクリと動く。だが、今度は戸棚の上に上がらなかった。私は千春に言われたとおりに玄関の鍵を解錠する。
扉を開けると、にこやかな表情を浮かべた男が立っていた。
「佐伯さんへお届けです。お名前、お間違えないですよね」
言われて、男の持つ荷物に視線を落とす。そこには、『佐伯千春』と書かれていた。
……聞いていたものと同じ名前だ。
「……間違いない」
「ありがとうございました」
男は私に荷物を差し出す。荷物を受け取ると、そのまま帰って行った。
家の扉を閉めて、鍵を施錠する。
部屋に戻って窓の外を見ていると、先ほどの男が出てきて、大きな箱の中に乗り込んだ。灯りがついたかと思うと、少し時間を置いて、箱はゆるりと動き出す。
近年よく見るようになった鉄の馬。あれは、危険な馬だ。ぶつかって命を落とす蝙蝠も多い。
だが。
荷物を手に持ったまま、小さく頷く。ようやく合点がいった。
「……なるほど。今の時代の飛脚があれということか」
だが、疑問も残る。
疑問を頭の中で反芻しながら、しばらくそのまま窓の外を眺めていた。
家々の明かりと、高速で移動していく鉄の馬の明かり。
家の窓には、家の中の明かりが映っている。そこにあるはずの星空は、見ることができなかった。
少しして、風呂から千春が出てきた。今度は、ちゃんと服を着ている。まだ髪は濡れており、左右に下されている。それを、肩にかけたタオルで拭いていた。
私の腕の中の荷物を見ると、にこりと笑顔になった。
「やっくん助かったよ! ありがとうね」
そう言って、私の頭を撫でてくる。
「当然だ」
飛脚から荷物を受け取るくらい容易い。家の守りを任される者として当然である。私は胸を張った。すると、千春の顔がたちまち緩んだ。
「かわいい!」
「……かわいいって言うな」
家を守っているのになぜかわいいなのか。千春のこの感想には、いつも少し納得がいかない。
それよりも、気になることがある。先ほどの飛脚の男のことだ。
「なぜ箱の中にいた?」
すると、千春は固まった。「ええと……」と言いながら、少し視線が泳ぐ。……答えにくい質問だったのか? 私は質問を変えることにした。
「飛脚は二人いるのか?」
すると、千春はすぐに首を振る。飛脚は二人いるわけではない。ということは。
「先程の者と今の者は同じ人物なのか?」
すると、千春は吹き出した。
「もう、やめてよ! やっくんったら面白すぎ!」
千春はその後、笑いながら説明してくれた。
箱の中にいるように見えた人間は、本当に箱の中にいるわけではなく、別な場所にいる様子が映されているだけだという説明だった。
「これも似たようなものだよ」
千春はポケットから手のひらサイズの板を取り出す。千春がよく触っている板だ。
それを何度か指でつついたあと、こちらに向けてくる。中で、犬が動いていた。
「こんな薄い板の中に犬が……」
「そうじゃなくて! これも映像だってこと」
「犬は苦しくないのか?」
「苦しくないよ! 本物じゃないから」
「犬も出られたということか」
「だから違うってば!」
その後も何度か説明を受けて、ようやく仕組みを理解することができた。本当に、驚くべき技術だ。
けれど、同時に思う。
今の世で留守を預かるのなら、こういうことも含めて理解しておかないといけない。
その後、千春は床についた。私は家事をこなしながら、いんたーほんを気にしていた。
家事が終わった後も、戸棚の上に飛び乗り、いんたーほんを見つめる。
これが鳴れば、留守を守る。
そう決意を新たにした。
でも、その日はもう一度鳴ることはなく。
途中、戸棚の上でバナナを一本食べた。
眠くなってきたので、そろそろ寝ようと千春のいる部屋に向かう。
そっと部屋の扉を開けると、安らかな顔で眠る千春がいた。
私は、その顔を少しの間眺めていた。
「……よく眠っておる」
それから、物置の扉を開けて中に入る。いつもの場所に置かれた布団の上で丸くなる。
静かで、狭くて、暗い。ここはとても落ち着ける。
そのまま、眠りについた。
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