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第15章 挑戦状 / 第322話
私が転倒するのが怖くてたじろいでいると、徐々に人の目がクラウに集まり始めたのだ。
「えっ!? あれ、クローディオ様じゃない!?」
「あ! 本当だ! 本当にいらっしゃる!」
クラウに気づいた令嬢たちは、黄色い声を上げ始める。
その奥で、今まで感じたことのない視線までもが私に向けられていた。
「じゃあ、ミエラ様もいるのか?」
「素朴で可愛かったよな」
「どこにいるんだ?」
「あ、いたぞ!」
知らない令息に指を差され、素っ頓狂な声を上げてしまいそうになる。
そこでクラウの顔色が変わった。
「ミエラ!」
慌ててこちらまで滑ってきて、私の腕を掴む。
「ここからちょっと離れよっか」
「うん……」
人の目を避けるように、クラウは私の手を引きながらゆっくりとリンクを離れようとする。ここで気を遣ってくれるなら、最初からスケート初心者の私を一人にしないで欲しい。心の中で文句を言いながら、転ばないようにぎこちなく足を運んだ。
さすがに追いかけてくる人はいないらしく、遠目から眺められるに留まっている。
リンク脇に隠れると、二人で大きな溜め息を吐いた。
「まさか、こんなことになるなんて思わなかった」
「うん、ビックリした〜」
「ミエラを変な目で見ないで欲しいのに」
クラウは眉間にしわを寄せると、令息たちを威嚇するようにリンクを見遣る。隠れたはずなのに、まだ令嬢たちの黄色い声は止まない。
どうしてだろう。私もリンクを覗いてみると、見慣れた二人がそこにいたのだ。
「……ん? スチュアートとリリー?」
クラウも声を上げる。そこには軽やかにこちらへ向かってくるスチュアートとリリーが確かにいた。
「クローディオ、ミエラ、大丈夫か?」
私たちのところへ到着したスチュアートが開口一番に言ったのは、そんな言葉だった。リリーも心配そうな顔を私に向けてくれる。
「クローディオはいつものことだとしても……ミエラはビックリしたでしょ〜?」
「うん……」
素直に頷くと、リリーは小さく笑う。
「社交界に出るって、こういうことなんだよ〜。身分が上になればなるほど、注目されちゃうの〜」
ヒルダもそんなことは教えてくれなかった。知っていれば心づもりができたのに。
小さく唸ると、スチュアートも苦笑する。
「これじゃあ、ミエラも練習できないだろ?」
「うーん」
「いっそのこと、リンクを一日貸し切ったらどうだ?」
スケートリンクの貸し切り――日本育ちの私には想像のできない発想に、クラウは口を尖らせる。
「やっぱり、そうするしかないよね」
「うん」
「えっ!?」
スチュアートの頷きと、私の声が重なった。本当にリンクを貸し切ってしまうのだろうか。お金持ちは違うな、と空いた口が塞がらない。
そこへ、ようやくヒルダとセドリックが顔を見せたのだ。私たちを見て、二人は目を丸くする。
「リリーとスチュアートも来てたんだ!」
「うん〜」
リリーがのんびりと頷くと、ヒルダはリリーの頬をツンツンと突つく。
「やめてよ~」
「だって、リリーってば可愛いんだもん」
ヒルダは「あはは」と大きく笑うと、やっとその手を止めた。リリーは頬を膨らませ、ヒルダを睨んでいるのだろうか。目が丸いので、全く怖くはない。ううん、怒った表情も可愛らしい。
「とにかく、今日は帰ろっか。これじゃあ、練習にならないでしょ」
「そうですね」
セドリックも苦笑いをし、クラウ、私、リリー、スチュアートと順に視線を移す。まるで貴方たちのせいですよ、とでも言っているかのようだ。クラウはその目が気に入らないのか、口をへの字に曲げた。
結局、その日はそれ以上スケートの練習はできず、それぞれ家路についた。予定よりも早い帰宅にレオニスとキャサリンは驚いたようだったけれど、事情を話すとすぐに理解してくれた。
「今日は疲れたでしょう」
キャサリンは私の背中を撫で、私たちを部屋へと送り出す。
「夕食の時にまた話そう」
レオニスもにこっと笑ってくれた。その笑顔がクラウによく似ているな、と思う。
このまま一人になる気にもなれず、クラウの部屋へと一緒に入る。ソファーに並んで座り、手を繋いだ。
「クラウ、お兄様のこと嫌いでしょ」
セドリックの前では言い出せず、首を傾げながら聞いてみる。
「やっぱり……分かる?」
「うん」
最初から薄々は感じていた。頷いてみせるとクラウは小さな溜め息を吐く。
「それは置いといて、リンクを貸し切るのはいいんだけど……」
クラウは何かを考えているらしく、眉をひそめる。
「どうしたの?」
「それじゃあ、ミユが休憩してる間は暇させちゃうし……」
休憩なのだから、暇をしてもいいと思うのだ。口には出さず、クラウの思考の行方を見守る。
「そうだ!」
何かを閃いたらしい。銀と青の瞳は私を見ることなく、ベルを捉える。そのままベルを振り鳴らし、ライアンを呼びつけた。ライアンはいつも通り、笑顔で対応をする。
「どうなさいました?」
「手紙を書きたいんだ」
誰宛に書くのだろう。私が首を傾げてみても、クラウは微笑むばかりだ。優しいだけではない。どこか闘志がみなぎっているように見えた。
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