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第15章 挑戦状 / 第323話
そうして、何度目かの夜を超える。結局、クラウの手紙は宛先すら分からないままだ。本人に聞いても、当日の楽しみだからと何も答えてくれない。そんな日が続いた。
清々しく晴れた日の午前に、唐突にスケートリンクへと連れ出される。
「さ、練習練習」
クラウは準備運動をし、まるで自分が教わるかのような緊張感を見せた。そんなことをされると、私の方が委縮してしまうというのに。
「ちょっと一滑りしてくるからさ、ミユはここで待ってて」
「えっ? う、うん」
先日とは違うクラウの様子に、疑問符ばかりが浮かぶ。ここで何をするのだろう。
クラウはリンクを一周駆け抜けると、清々しい表情でこちらに戻ってくる。不覚にも格好いいと思ってしまった。
「調子は……あんまりよくないけど、何とかなるよ」
独り言を呟くように、小さく言う。
「ねえ、そろそろ教えてくれてもいいでしょ?」
「それはもう少し待って」
優しく微笑むクラウに、何も言えなくなる。
「ミユもこっちにおいで。しっかり練習はするよ」
練習という言葉に、心臓が飛び跳ねた。今日は他の人は誰もいない。そう、私を助けてくれる人はいないのだ。
明日はお尻が痣だらけだろうな、と生唾を呑むしかなかった。
リンクの上に立ったのはいい。しかし、クラウは私を置いて、やはり一人で先を行ってしまう。
「待ってよ~!」
「それじゃあ練習にならないよ。鬼ごっこだと思ってさ」
「え~!?」
そんなの、いつまで経ってもクラウを捕まえられない。幸いにも、今日はリンクの手摺りに掴まれるので、手摺りを頼りにクラウの元へと急ぐ。それでも転んでしまう。
「む~……!」
助けてくれないクラウに、ちゃんと滑れない私自身に腹が立つ。意地でも彼の元に辿り着いてみせる。歯を食いしばり、氷上を何とか滑る。
そうして一時間ほど滑っていると、足も慣れてくるものだ。手摺りなしでも、いつの間にか滑れるようになっていた。ゆっくりではあるものの、クラウの背中を追いかける。そこで異変に気付いたのだ。
観客席の方から、人の声が聞こえる気がする。振り返ってみると、令嬢や令息がちらほらと座ってこちらを眺めているのだ。
「えっ?」
見世物にされているような気分になり、眉をひそめてしまった。
「ごめん、観客席までは貸し切りにできなくてさ。それで――」
「え~っ!?」
それなら先に言ってくれればいいのに。私が口を尖らせると、クラウは苦笑いをする。
すると、聞き慣れた声が聞こえてきたのだ。
「ミエラ~!」
振り返ってみると、金髪の人物がこちらに手を振っていた。
「リリー!」
「そろそろ休憩しよ~」
クラウの方を向いてみると、彼も笑顔で頷いてくれたので、よたよたとリリーの元へと向かう。
そこで、スチュアートとすれ違った。
「こんにちは」
「あっ、ミエラ。俺の雄姿も見ててね」
「えっ?」
何のことを言っているのだろう。分からないものの、クラウが関係していることだけは分かる。スチュアートもただの笑顔ではなく、自信が見え隠れしていたのだ。
観客席の最前列に座るリリーの元へ辿り着くと、私も隣に腰掛けた。
「疲れた~……」
「お疲れ様~」
しっかり用意してくれたのだろう。その手には、紅茶の入った水筒があった。湯気が立ち上り、香りまでもが漂ってくる。
ありがたく受け取り、それを喉に流し込んだ。
「私、『挑戦状』なんて書いてある手紙、初めて見たよ~」
リリーの話す強烈な内容に、思わず吹き出しそうになる。
「何の話?」
「えっ? 知らないの~?」
「うん」
紅茶を溢さないように、水筒を握り直した。
「クローディオからスチュアートへの手紙だよ~。今日、スケート対決するんだって~」
「えっ!?」
裏でそんなことを考えていたなんて。全く気付けなかったことに驚きを隠せない。
リリーは「ふふっ」と笑い、リンクを見て目を細める。
「スチュアートとクローディオって、二人きりになると二人とも無邪気になるの~。昔からそう~」
リリーの柔らかな視線を追うと、片手に腰を当てて立つスチュアートに指を差すクラウの姿があった。真剣な表情で、何かを叫んでいる。きっと、「絶対に勝つ!」とでも言っているのだろう。
私も小さく笑ってしまった。その間にも、令嬢や令息の数は増えていく。
「スチュアート様! クローディオ様! 頑張ってくださーい!」
「予定がなかった日にお二人を見られるなんて幸せ」
声援を送っている令嬢までもがいる。婚約者としては、複雑な気分だ。
「クローディオ、頑張れ~!」
負けじと私までもが叫んでしまった。クラウの顔がこちらを向く。
「ありがとう」
きちんと聞き取れなかったけれど、口の動きはそんな感じだった。観客席が一斉に沸く。
クラウが呼び寄せたのか、審判にはライアンが付いた。クラウとスチュアートがスタートラインに着くと、ライアンはピストルを天に掲げる。観客席が静まり返った。
「三回勝負、泣きの一試合はなしです。……位置について……よーい」
発砲音が響くと、クラウとスチュアートは揃って飛び出した。力は互角――かに思えた。半周すると、スチュアートが僅かに先頭へ出る。先ほどクラウが「調子はあんまり」と言っていたのを思い出す。
「頑張れ~!」
私が声を張ったのを皮切りに、令嬢たちもキャーキャーと声援を送り始める。
「スチュアート、そのまま走って~!」
リリーまでもが叫び声を上げた。
順位は変わらず、スチュアートが僅差で先にゴールを駆け抜けた。
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