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第15章 挑戦状 / 第321話
「ミエラ、ほら、行くよ!」
「ま、待ってください!」
馬車に乗り込むヒルダを必死に追いかける。
今日はクラウたちと四人で私のスケート練習をするのだ。日本にいた頃だって、スケート靴を履いたことはない。上手く滑れるか不安で仕方がない。
「ミエラ、そんなに急がなくても大丈夫だよ」
「だって~」
私の後ろでクラウは笑うけれど、仲のいい義理の姉を待たせたくはないのだ。口を尖らせると、クラウにさらに笑われてしまった。
クラウに手を借りながら、私も馬車に乗り込む。向かいの席にはヒルダ、それにセドリックの姿もある。私の隣にクラウが腰を下ろすと、御者は馬車のドアを閉めた。
順調に駆けだした馬車に揺られながら、ヒルダは口を開く。
「そっか、来月はリラの誕生日だもんね。そりゃ、街も賑わうかぁ」
言われてみると、街に出ている人はいつもよりも多く感じる。それに、街路樹にはボールオーナメントがいくつも飾り付けられているのだ。
「リラって?」
「サファイア女王だよ」
「あ~」
クラウに教えてもらって、ようやく思い出す。王たちと一度だけ対峙した時に、そんな名前を聞いたことがあった。確か、銀のウェーブがかかった髪に、アイスブルーの瞳――ちょうどヒルダを幼くしたような見た目だったように思う。
「来月、生誕祭がありますからね。楽しみにしていてください」
セドリックもにこっと笑う。大きく頷いてみせると、すぐに視線を車窓へと戻した。子供たちははしゃぎ、恋人たちは手を繋ぐ。雪とボールオーナメントに彩られた街は、クリスマスのような雰囲気を醸し出していた。
談笑を楽しんでいるうちに、馬車は城に繋がる橋を駆ける。深い谷の底には川が流れていた。まるで、雪の積もったシンデレラ城のようだ。そう思うと、サファイア城が一気に神秘的に見えてくる。
「綺麗だなぁ」
呟くと、クラウとヒルダの顔が曇ったような気がした。
「俺は城にあんまりいい思い出はないからさ」
「うん。綺麗だけど、この川って女王と国民を隔ててる気がするんだよね」
たぶん、風景は同じでも、二人が思い浮かべている物が違う。クラウは魔導師として城で過ごしていた頃を、ヒルダはリラのいる城を見ている。
背負っているものは違うけれど、その重さは同じなのだろう。言った後で、申し訳ないなと思ってしまった。
会話は続かないまま、城門内にあるスケートリンクへと到着する。クラウとヒルダは楽しそうに息を弾ませる。
「ミエラ、行こう!」
「は、はい……!」
ヒルダの勢いに押されて、私も駆け出してしまう。私の後ろで、セドリックが声を張る。
「練習について行けなかったら、私に言ってくださいね!」
「分かりました~!」
スケート大会で、セドリックは予選敗退をした組だ。きっと、セドリックが一番私の気持ちを分かってくれる。少なくとも、クラウとヒルダよりは。
「何を言ってるの! ミエラにはスケート大会で準優勝まで行ってもらうんだからね!」
「そこは優勝じゃないんだ」
「優勝は毎年、私のものだからね」
苦笑いをするクラウに、ヒルダは意地悪そうに笑う。スケート大会で優勝争いをするクラウと、ぶっちぎりのトップで優勝するヒルダに挟まれては、遊びではなく、もはや特訓だ。明日は筋肉痛になるだろうな、と覚悟を決めた。
リンクでは何組もの貴族たちがスケートを楽しんでいた。私もリンク脇でスケート靴に履き替える。そして、氷の感触を確かめた。こんなにも細い刃で立てるのが不思議だったけれど、意外となんとかなるものだ。両手をクラウとヒルダに繋がれながら、恐る恐る一歩を踏み出す。
「そうそう、いい感じ」
「ちゃんと滑れてるじゃん」
二人が褒めてくれるので、気分はよくなっていく。しかし、忘れてはいけない。魔導師だった頃に魔法の特訓をした時も、ダンスの特訓をした時も、クラウは鬼教師と化していたことを。
甘いのも今のうちだけだ。想像はすぐに現実となる。
「セドリック? あれー?」
ヒルダが声を上げるので、一緒に辺りを見回してみる。赤褐色の髪は見当たらない。
「私、ちょっとセドリックのこと見てくるからさ、クローディオとミエラは二人で楽しんでて!」
「分かった!」
なんと、ヒルダが私を置いて行ってしまったのだ。クラウを止める人は誰もいない。
「うーん、初心者って、何を教えたらいいんだろう……」
心臓が高鳴る私のことを構わず、クラウは頭を悩ませる。間を置き、何か閃いたらしい。
「とりあえず、ここからあの端まで行ってみよっか。手を離すよ?」
「えっ!? ちょっと、待って!」
私が言い切る前に、クラウは手を離す。内股で立っているのが精一杯の私を置いて、クラウはリンクの端を目指す。
「待ってって言ってるのに~!」
もはや私は半分泣いているだろう。震える声を絞り出したものの、クラウは戻ってきてくれる気配を見せない。ただ、笑顔でこちらを見ている。
「ミエラ、おいで!」
「む~!」
文句を言ったところでどうにもならないことは分かっている。何とか数歩踏み出すと、重心が後方へと傾いていく。身体を支えようとした両足は前方へと動く。
「えっ!? あっ……!」
気付いた時には尻餅をついていた。こうなってから、ようやくクラウはこちらに戻ってくる。
「ミエラ、立てる?」
「う~ん」
クラウに両手で支えてもらいながら、ようやく立ち上がる。私の肩をポンポンと叩くと、クラウはまたしても私を置いて遠くへ行ってしまったのだ。こちらに手招きまでしている。
滑れるわけがない。私が子供だったなら、大声で泣き出していたことだろう。
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