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第2章 トライドール / 第336話
ガルニアに連れられ、一つの部屋が割り与えられた。こじんまりとしていて、質素で、私の知る生活とはかけ離れている。こんなところで、まともに生きていけるのだろうか。
小さなベッドに腰掛け、吐息をつく。
戦争を食い止めると言っても、トファーたちは一体どうするつもりなのだろう。戦争に乗り込むつもりなのか、王族と交渉するつもりなのか――どちらにしても、私たちだけでは力が足りない。苦難の道が待ち受けているとしか思えない。
頭を悩ませていると、ふと脳裏に金髪の男性が背中を見せている映像が浮かんだのだ。
「大丈夫だよ」
「えっ……?」
声までもが聞こえた気がする。辺りを見回してみても、誰もいない。考えすぎて、脳疲労を起こしてしまっただろうか。
とにかく、今日はもう眠ってしまおう。布団を被り、瞼を閉じる。
サファイアの王子様はどんな人なのだろう。この人は絶対に仲間に引き入れなくてはいけない。それでなくては、私が納得できない。
そこまで考えて、我に返る。何故、私はここまで一生懸命になっているのだろう。トファーとオーリに任せればいい話なのに。
深呼吸をし、頭を空っぽにしてみる。意識は離れ、闇に落ちていく――。
* * *
飛空艇は既に飛び立っていた。窓の外を見てみれば、雲と並列して進んでいる。なるべく艇の存在を知られたくないのだろう。
それにしても、朝から不満が溜まっていく。質素なワンピースを着なくてはならないことは、まだ許せる。鏡に映る焦げ茶の髪と私の右目――空色の瞳と水色のワンピースはよく馴染んでいる。左目の緑との相性も悪くはない。
しかし、朝食がパンとサラダだけだったのだ。私が過ごしてきた伯爵家でのような食事を期待していたわけではない。それでも、タンパク質を少しくらい摂りたかった。
口を尖らせて円卓で頬杖をついていると、ガルニアが姿を現したのだ。
「エルヴァ、何かあった?」
言いながら、ガルニアは私の隣に座る。
「朝ごはんが……質素すぎるの」
「えっ?」
「贅沢は言わないよ? でも、チキンステーキくらい出してくれてもいいのに」
唸り声を上げ、小さな溜め息を吐いてみる。すると、ガルニアは笑い声を上げた。
「あたしからしたら、朝食にチキンステーキなんて、十分、贅沢だと思うけどなぁ」
「えっ?」
この人は、今までどんな生活を送ってきたのだろう。気になって、ガルニアの瞳を見詰めてみる。
「あたしとトファーは、生家から追い出されてるから。あたしはともかく、こんなに満足な食事を摂れるようになったのは、トファーは久しぶりなんじゃないかな」
「あっ……」
トライドールがまともな人生を歩めているはずがなかった。一気に申し訳なさが込み上げてくる。
「ごめんなさい」
「謝らなくてもいいよ。特に、この件ではトファーには謝っちゃ駄目」
ガルニアの瞳を見ていると、その先の言葉が続かなくなってしまう。その凛とした吊り目が、何も言うなと言っているようだったのだ。
水を飲んで満たされない腹を紛らわせる。きっと、こんな日々が続けば腹も慣れてくれるだろう。そう思い込むことにした。
トファーとガルニアのことを思うと、我が儘なんて言えない。
行く宛ても知らず、のんびりと午前を過ごす。そこへ、トファーとオーリも顔を見せたのだ。私とガルニアの正面に、トファーとオーリが腰を下ろす。トファーは私たちを見ると、片方の口角を上げた。
「ちょうどエルヴァもいるな。この際だ、水のヤツを迎える計画を詰めねぇか?」
「うん、いいよ」
私ではなく、ガルニアが答える。
「やっぱ、オレが行こうと思う。説得なんかしなくても、オレの目を見てくれたら納得すんじゃねぇか?」
「どうだろう……。サフィールって戦争反対派……だったよね?」
「そのはずだ」
話の流れからすると、サファイアの王子様の名はサフィールというらしい。二人の会話を聞きながら、自分にできることはないかと考えてみる。
先にガルニアが口を開いた。
「目を見てもらえるのが一番の説得材料だけど、それでも拒まれたら?」
「その時は拳にモノを言わせる」
まさか、王子様を殴るつもりなのだろうか。それこそ戦争の火種になりかねない。
「……私が行く」
自然と口から零れていた。
「……は?」
「トファーやオーリじゃ駄目。私にしかできないの」
トファーは眉間にしわを寄せ、ガルニアは口をぽかんと開けている。オーリに至っては固まってしまった。
理由があるわけではない。こんなもの、ただの直感だ。それなのに、不思議と自分の中でしっくりくるのだ。
「オマエ、何を言ってるのか分かってんのか?」
「分かってる」
「危ねぇかもしれないんだぞ?」
城に乗り込むくらいだ。それは最初から分かっている。私が大きく頷いてみせると、トファーは頭を抱えた。
「エメラルドって、サファイアが戦争を仕掛けようとしてる相手なんだよね? その相手国の、自分と同じトライドールが説得に来たら、冷静じゃいられないと思うの」
「サフィールが襲ってきたらどーする?」
「私だって、剣術を心得てるもん。太刀打ちならできる」
何かあった時のために、と父が剣術を教えてくれたのだ。それも、毎日欠かさずに。だから、相手が剣を持ち出したとしても、私ならなんとかなる。
「エルヴァさん――」
「オーリは黙ってて」
オーリは交渉の権利をトファーに預けたのだ。口出しできる立場にはないと思う。
「……絶対、無事に帰ってくるんだぞ」
「うん」
トファーが折れてくれたらしい。大袈裟に息を吐き出し、瞼を閉じる。ガルニアも唇を噛んでいた。
この時は、自信で満ちていた。サフィールは必ず私たちのところに来てくれると。その自信が吉と出るか凶と出るか――賭けに出るしかなかった。
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