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第3章 一閃 / 第337話
サフィールを連れ出す作戦として、私は彼に手紙を書くことにした。ブルーブラックのボールペンで、顔も声も性格も知らない相手へ丁寧に文字を書き連ねる。
* * *
サフィール殿下へ
突然、このようなお手紙を送りつけることになってしまい、申し訳ございません。
サファイアとエメラルドの戦争を止めるべく、どうしてもサフィール殿下とお話がしたいのです。
五日後の夜、サファイア城の屋上でお待ちしております。
地のトライドール
エルヴァより
* * *
短い文章なのに手が震えてしまって、書き終えるまでに数十分は費やした。後はこの手紙が無事にサフィールの元へ届くことを祈るのみだ。封蝋を押してオーリに預け、大部屋――会議室の円卓に突っ伏した。隣にはオーリがいるというのに。みっともない姿を晒してしまった。
「大丈夫だよ、エルヴァさん。当日はおれも一緒に行くし」
「分かってるけど……でも、相手は王子様だよ?」
自分で言い出したことなのに、こうして計画が具体化してくると尻込みしてしまう。
オーリは小さく笑い、私に水の入ったグラスを差し出した。
「まあ、これでも飲んで、少し落ちつこっか」
「うん……」
むくりと起き上がり、そのグラスに口を付ける。そのまま一気に飲み干した。
「そういえば……」
ガルニアの話を思い出す。
「トファーとガルニアって、家を追い出された後はどうしてたんだろう……」
本当は本人に聞くべき内容なのだろう。でも、つらい過去なら、話をさせて余計なことまで思い出させたくはない。
オーリは小さな唸り声を上げる。
「トファーさんはおれが拾った」
「へっ?」
拾ったとはどういう意味だろう。よく分からずに、首を傾げてみる。
「トファーさんとおれってトパーズ国出身なんだけど。十二歳の時に、オッドアイを隠しもしないで家から追い出されたんだ。そりゃ、排除派からしたら、石も投げつけたくもなるよ。そんな状態のトファーさんを、おれが秘密基地に匿った」
「そんな……」
いくら何でも、石を投げつけるなんて酷すぎる。きっと、トファーは傷だらけだっただろう。
「その時は、おれも同じ十二歳だったから、仕事なんてできるわけない。商家の実家から少しずつ金品を盗んで、それをトファーさんの食事代に当てた」
「ご両親には相談しなかったの?」
「相談できるわけないよ。使用人のどこに排除派が紛れてるか分からないんだ。排除派に知られたら、トファーさんは殺されてただろうからね」
壮絶すぎて、言葉が出ない。ガルニアが食事の件で謝るなと言ったわけだ。私はどれほど恵まれていたのだろう。
そこで、一つの疑問が生じた。
「じゃあ、ガルニアは?」
「そうなるよね」
私が聞くと、オーリは小さく息を吐いた。
「ガルニアさんは、トファーさんよりマシ。十一歳の頃にガーネット国でダンス集団に拾われてるから。寝食はちゃんと与えられてただろうね」
オーリは少し間を開け、目を伏せる。
「トライドールってだけで、扱いが酷すぎる。こんな世界なんて、おれは望んでない」
オーリはテーブルの下で拳を震えるくらいに握り締めた。
「自然災害を誰かのせいにするっていうのが間違ってるんだ」
私も同じ意見だ。二人の話を聞いただけで、涙が零れそうになってくる。
「それでも、トファーさんもガルニアさんも、十八になった今まで弱音を吐かなかった。おれは、そんな二人を尊敬してるんだ」
「……ん?」
今、オーリは十八、と言っただろうか。実年齢と顔面年齢が一致しない。
「みんな……私と同い年?」
「うん。トライドールは誕生日まで一緒」
「へっ!?」
どうしよう。オーリはともかく、トファーとガルニアは年上だと思っていた。謝るのも違うような気がして、心の中だけに留めることにした。
オーリは咳払いをする。
「……ともかく、戦争まで起き始めたら、戦争の原因までトライドールに押し付けられかねない。そんな事態を避けるためにも、おれは動いてるんだ」
私を安心させるためなのか、オーリは優しく微笑んだ。
オーリがそこまでの信念を持った人だとは思っていなかった。私の中でオーリを『仲間』の中に入れていなかったことに気付き、心の中で謝るしかなかった。
* * *
緊張で食事が喉を通らない。そんな日が続いた。夕食のハンバーグを半分残してしまった私に、トファーは唸り声を上げる。
「オマエ、また残すのか?」
「うん、お腹いっぱい」
「じゃ、残りはオレがもらうぞ?」
トファーは一言だけ確認し、私が食べていたハンバーグを皿ごと攫う。
ガルニアは困ったように口を曲げた。
「エルヴァ。そんな調子で、明日は本当に大丈夫?」
「うん。私がやる。オーリも一緒についてきてくれるし。ね?」
「まあ、そうだね」
オーリは何故か苦笑いをし、頭を掻く。
「実行役は全部エルヴァさんだけど」
小さく聞こえたような気もするけれど、私の心はそれどころではない。いよいよ明日、サフィールと対峙するのだ。分かっている情報は、男性、王子様、戦争反対派――それくらいだ。
私の提案を受け入れてくれるだろうか。今更になって怖気づいてしまう。拳を強く握り、速くなった鼓動に無視を決め込んだ。
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