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第23章 星に願いを / 第172話
味気ない食事の筈が、オレンジの香りに胃袋が刺激される。パンを運ぶ手は止まらない。
「クレスタの館ってどんな所なんだろうな」
独り言のようなアレクの呟きに、想像を膨らませる。屋敷と言うくらいだから、豪邸なのだろうとは思う。
「豪華な屋敷を想像してたけど……違うのかな」
「こんな辺鄙な所に、んな豪華な屋敷なんか建てるか?」
「貴族の別荘とかさ」
辺鄙な所だからこそ、豪邸を建てやすいと思うのだ。自然はあまりある程あるし、貴族なら金銭でも困りはしないだろう。
ミユは隣で「う〜ん……」と唸り声を上げる。
「で、その館のどこに呪いを解く方法があるんだ?」
「館に居る人に聞いてみよう?」
「それもそーだな」
フレアの返事に、アレクも何度か頷いた。
「明日には到着だ。肩に力入れても結果は同じだ。気楽に行こーぜ」
明日には到着――呪いの、俺たちの命の行く末が決まるのだ。気楽に行ける筈がないではないか。アレクに不服な顔を見せても、彼の表情は変わらない。
「オマエら、そんな顔しなくても良いだろ? 呪いは解ける。オレはそう信じてる」
俺だって信じたい。しかし、そんなに呑気に構えていては、期待を裏切られた時に痛い目を見る。ミユとフレアを確認してみても、二人は口を尖らせていた。ミユに至っては、首を横に振ってもいる。
あちらも話し合いが終わったのか、使い魔たちもこちらへと歩み寄ってきた。先頭にいるロイは苦笑いをする。
「一人でも気楽な方がいないと、上手く行きませんよ。皆さん、出発しましょう」
それもそうなのだが、納得は出来ない。失敗した時の代償は、アレクも分かっている筈だ。だからこその『オレが代わりに』なのだろうか。それは絶対に許さない。
小さく溜め息を吐き、気持ちを切り替える。今は歩くことに集中しなくては。変わらない景色にげんなりしつつ、揺れる木々の葉を見上げた。小鳥のさえずりや追い風に元気をもらいながら、重たくなってきた足を動かす。
ふと、ミユの歩調が遅くなった。
「あれ、なんていう花だろう。可愛い」
白い野花を指差し、緑の目を煌めかせる。後ろからアリアが解説を入れる。
「それはタマスダレですね。別名、レインリリーとも言います」
俺も野花にはあまり詳しくはないので、ミユと一緒に、アリアの声に耳を傾けた。
「じゃあ、あの黄色い花は?」
「ウツクシナです」
蜜蜂が飛び回る、名前の通りに可憐な花へ自然と微笑みかけていた。だが、ミユは違った。表情は瞬く間に曇っていき、唇まで噛み締める。良くないことを想像しているのは分かった。
「ミユ」
堪らずに声をかけると、彼女ははっとこちらを向いた。すかさず俺の左手を握り締める。大丈夫だよという意味も込めて、その手を力強く握り返した。
そんな折、道は右へと曲がる。そして、眩い光が飛び込んできたのだ。目を細めて確認してみると、どうやらそれは水面――湖だろうか。
「あの湖の辺りでテントを張りましょうか。魚もいっぱいいるでしょうし」
ロイの声もぼんやりとしか聞こえない。
だって、エメラルドの、旅の途中での湖なのだ。百年前の出来事を思い出さずにはいられない。カノンに告白され、プロポーズし、無惨にも散っていった彼らを。
俺はこのまま終わって良いのだろうか。いや、良い訳がない。今になって、アレクの言葉が蘇る。
――オマエ、ミユにまだ言ってねーだろ。『愛してる』――
――いや、オマエには『大好き』の方が合ってるかもな――
こんな冷やかしなんて、真に受ける方が間違っている。それなのに、逸るこの気持ちは何なのだろう。想いは勇気となり、俺を突き動かす。湖に近付くにつれて速まる鼓動もお構い無しだ。小川の流れを逆行し、木製の橋を渡り、広々とした湖畔へと辿り着いた。
先頭を歩くロイとサラが振り返る。
「到着ー! 休みましょう!」
それを遮るようにして、ミユの手を取った。
「ミユ、ちょっとこっちに来て欲しい」
「えっ? うん……」
返事を聞くと、生唾を飲み込んで、彼女の手を引きながら歩いた。小石の転がる水際まで来ると、目で合図を送って腰を下ろす。靴が濡れようが構わない。こういうのは雰囲気が大事なのだ。
「俺、ミユに話がある」
「何?」
水面からミユへと視線を移す。その視線は小刻みに揺れていた。俺なら言える。素直に伝えられる。
「俺、ミユのことが好きだ」
言い切った瞬間、ミユの顔が噴火したかのように真っ赤に染まった。俺は意外と冷静で、体温の上昇は僅かばかりだ。
風が吹き抜け、俺たちの緊張をさらっていく。
「私も……好き。クラウのことが好き。だけど……」
「……何?」
リエルのことも忘れられない。そう言いたいのだろうか。不安が脳裏を掠める。
ミユが次の言葉を発するには数分かかったように感じた。
「クラウが好きなのは、私とカノン……どっち?」
声が出そうになる。まさか、同じような不安をミユも抱えているとは思ってもいなかったのだ。
未来の俺の隣を歩いて欲しいと思えるのは、ミユしかいない。
「確かに、きっかけはカノンだった。でも、今の俺はミユのことが好きだ。断言出来るよ」
「ホント?」
「うん」
信じてくれ、と大きく頷き、自身の心にも愛を誓う。
それと同時に、自身の不安を問い質しても良いのではと思った。
「ミユが好きなのも、リエルじゃなくて、俺?」
「うん。最初からクラウのことしか見えてなかった」
「良かった……」
これで正真正銘の相思相愛だ。涙が溢れそうになる。ミユは瞼を瞬かせ、にっこりと微笑んだ。合図を交わすこともなく、互いの体温を求めて抱擁を交わす。
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