読み込み中...
読み込み中...
第23章 星に願いを / 第173話
瞼を閉じると、ミユの体温や呼吸をしっかりと感じ取れる。彼女はすっと息を吸い込んだ。
「私、不安だった。ラナンキュラスはカノンが好きな花で、私が好きな花とは違うから。だから、ずっとクラウの目にはカノンしか映ってなかったのかなって」
今になってようやく気付く。カノンが好きだったから、ミユも好きだろう。その気持ちは、単なる俺の押しつけだったのだ。良かれと思ってしていたことが、かえってミユを傷付けていたなんて。
「最初に会った時は、確かにカノンを追ってたのかもしれない。でも、ミユのことを知れば知るほど、カノンとは違うんだって分かったから。今の俺にはミユしか見えてないよ」
胸の中でミユは小さく頷いてくれた。彼女の不安の吐露で、俺も胸のつかえを取り除くように言葉を紡ぎ出す。
「俺も不安だったんだ。カノンのリングをつけてくれた時は、凄く嬉しかった。でも、よく考えたら、これは俺が贈ったものじゃなくて、リエルが贈ったものなんだよね。ミユが俺を見てくれてて良かった。ホントに良かった」
ミユを抱く腕にギュッと力を込める。嬉しくて、悲しくて。前世の記憶などなかったら、こんなに遠回りをせずに済んだかもしれないのに。
「私たち、過去の記憶がなかったら、普通の恋愛を出来てたのかな?」
「それは分からない。『もし』なんて考え始めたらきりがないから。でも、一つだけ良いことはある」
俺の生きる希望を繋ぎ止めていた、あの存在だ。ミユから身体を離し、胸元をまさぐる。円状のつるりとした物体に触れると、摘み上げて彼女の前にかざした。
リエルとカノンの結婚指輪だ。
「これ、お揃い」
「うん、お揃い……」
ミユはぽっと頬を赤く染め、俺と同じようにカノンのリングをかざす。青と緑の石が太陽の光を受けて眩いほどに輝いている。
それよりも、ミユの照れ笑いが俺の心に光を灯すのだった。
時刻は刻々と進み、空は黄色、オレンジ、ピンクへと様変わりしていく。鳥は根城へと帰り、風は更に温度を下げる。たった二人だけで湖畔を独占し、こうしていられる時間を愛おしく思うのだった。
ふと、リエルの記憶が脳裏を掠める。誕生日に、こうして二人だけで優しい時間を過ごしたことがあったな、と懐かしくなった。
「こうやって、二人で夕暮れを見たの覚えてる?」
「えっ?」
「リエルとカノンの時」
ミユは考えを巡らせたあと、「あっ」と小さな声を漏らした。
「あの時の俺、カノンに告白しようと思ってたんだよ。それなのに、カノンに言葉を遮られちゃってさ」
確か、こんなやり取りをした筈だ。
――カノン、俺――
――綺麗だよね、空――
――えっ?――
――一日でこんなに色が変わるなんて、凄いよね~――
流石にこの時ばかりは、カノンの鈍感さに苛立ちを覚えてしまった。
「あれは……その……気付かなくて、ごめんなさい」
「ううん、百年も前のことだし、気にしてないよ。ただ思い出しただけ」
そう、ただの独り言に近いものだ。ミユを責める気は更々ない。
視線を落とし、自分の手の甲を見る。ミユの勘違いの発端となってしまったラナンキュラスの花束を上書きして、もっと価値のあるものに変えたい。ミユの方に向き直り、その緑の瞳を見詰めた。
「そうだ、ミユが好きな花って何?」
「えっ?」
「ミユの呪いが解けたらさ、プレゼントしたい」
カノンとは全く関係のない、ミユへのプレゼント――考えるだけで幸せな気持ちになる。熱くなる頬を気にしながらも、微笑んでみた。
「桜」
「桜、か。うーん……」
魔法を獲得する前に、ミユが出した大量の桜の花弁――もしやと思ったが、そう来たか。桜はエメラルドにしか自生していないのだ。
「どうしたの?」
「サファイアには桜が咲かなくてさ。困ったな……」
また城を抜け出してエメラルドに行く訳にもいかないし、プレゼントくらいは使い魔の力を借りずに用意をしたい。
「また、氷の花でも良い?」
「うん。勿論だよ」
ミユの笑顔がぱっと花開く。それだけで、俺もプレゼントを貰えた気分だ。
何気なく、空へと目をやった。たった一つだけ、輝く星があったのだ。思わず「あっ」と声が漏れる。そのまま、すっとその星を指さした。
「一番星だ。一番星に願いをかけると、願いが叶うんだってさ」
この世界に伝わる、一種のおとぎ話だ。
「いつ願いをかけても良いの?」
「ううん。他の星が出るまでの間だけだよ」
ただの願掛けであることは分かっている。叶えてくれるとも思わない。それでも、祈らずにはいられなかった。一番星を見詰め、心の中で唱える。
『どうか、生きてミユの未来を見続けられますように。叶える気があるなら、叶えてみせてくれ。頼むから』
気付いた時には、一番星の隣にもう一つ、輝くものが現れていた。二番星が煌めく前に、願いは聞き届けられたのだろうか。今となっては分からない。
「クラウは何をお願いしたの?」
「うーん、いや……」
ミユの顔をまともに見られずに、誤魔化す言葉を考える。
「四人全員の無事を願っただけだよ」
「そっか」
これは決して間違いではない。新たな解呪の方法に期待がかかる。
「私ね? この前言ったことは嘘じゃないんだけど……呪いが解けて、影を倒せたら、一番したいことが他にあるの」
「何?」
「クラウと一緒にいたい」
恐らく、魔法の特訓で何気なく聞いた時の話だろう。皆の中に俺も含まれているのかな、ではなく、完全に俺だけを見てくれていたのだ。嬉しくて、涙が出そうになる。
膝を抱えて俯いてしまったミユの頭を優しく撫でる。
「俺もだよ。呪いが解けて、影を倒せたら、ミユと一緒にいたい。そのためには、星に願ったことをホントにしなくちゃ」
「……うん」
これはミユのための言葉ではなかった。俺自身への激励だ。
寒さが強まり、太陽が湖の端から消えてなくなるまで、二人だけの優しく儚い時間を過ごした。
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する