読み込み中...
読み込み中...
第16章 親告 / 第147話
重たい沈黙が部屋にのしかかる。
そんな空気を振り払うように、アレクが陽気に声を上げた。
「んじゃ、出陣祝いの飯でも食うか! ロイ、頼む」
言われたロイは呆れ顔を向ける。
「作ってあったと思っているんですか? 今は六時、皆さんがお戻りになったのは五時前。料理をしている時間なんてありませんでしたよ」
「はぁっ!?」
「驚くこともないでしょう。一時間以内には作ってきますから」
「また一時間かよ……」
今度はアレクが頭を抱えてガックリと肩を落とす。
これには俺も溜め息を吐きたくなった。
「一時間くらいすぐですよ。皆、行こう」
「うん」
俺たちの空気もお構いなしに、ロイは颯爽と身を翻す。その後にカイルとサラも続いた。
アリアはミユにしがみつかれた状態だ。
「ミユ様、私も行きませんと」
「あっ、ごめんね」
ミユはすぐに身体を離し、一歩後退した。
アリアはニコッと微笑むと、他の使い魔と同じように扉の向こうへと消える。それを見届けてから、ミユはトコトコと指定席へと戻ってきた。
フレアもうんざりした様子でアレクを見詰める。
「待つのは仕方ないけど、あたしもちょっとだけ疲れちゃった」
「ちょっとじゃねーよ」
アレクは何度目かの溜め息を吐く。
何か暇潰しになる物はないだろうか。読書は一人だけのものになってしまうし、ゲームか何かは――そうだ、引き出しにトランプがしまってあった筈だ。
「そうだ、皆でトランプでもしない? 部屋から持ってくるよ」
ミユは小首を傾げる。トランプの遊び方を知らないのだろうが、教えてあげればいい。
「えっ? トランプ?」
「あっ、ミユは分かんないか。後でルールを教えるよ」
「ううん、私がいた世界にもトランプがあったから、ビックリしてるの」
「えっ?」
異世界にもトランプがあった。謎の共通点に驚愕する。果たしてそんなことが有り得るのだろうか。だって、異世界なのだ。
「ミユが言ってるトランプと、俺たちの言ってるトランプが同じかどうかは分かんないけど……。とりあえず、持ってきてみる」
「あ、あぁ」
驚いたのは俺だけではなく、アレクとフレアもだったらしい。
おもむろに席を立つと、足早に廊下を駆け、自室へと辿り着く。
トランプを手にするのは、もう数十年も前に遡るだろうか。カノンを追い続けていた頃、アレクとフレアが俺を止めるのに使ったのがこのトランプだった。
あの頃の二人はトランプをしている時だけ、少しだけ楽しそうにしていたな。なんて物思いにふけっている場合ではない。さっさと戻らなければ。
裏面に青の唐草模様が施されたカードの束を片手に、来た道を引き返す。
会議室へ入るとすぐに、ミユにトランプを見せてみる。
「これなんだけど……」
ミユは目を見張ると、そっとカードに触れてまじまじと眺め始めた。
やはり、見覚えがあるのだろうか。
いや、だからと言って、遊び方まで同じとは限らない。
「ミユ、ババ抜きって知ってる?」
ミユはこちらを見ることなく、小さく頷く。
「知ってる。最後までジョーカーを持ってる人が負け」
「じゃあ、ポーカーは?」
「知ってる。賭けごとでしょ?」
「遊び方まで一緒……?」
もしや、偶然ではなく、必然なのだとしたら――。そこまで考えた所で、フレアが不意に口を開いた。
「遊び方が一緒なら、ルールを教えなくても良いだけでしょ? 気楽に考えよう?」
「そうなんだけどさ」
「じゃあ、ババ抜きしよう? クラウ、トランプ切って」
「う、うん」
フレアにはやし立てられ、トランプをシャッフルする。
ミユが言う『異世界』と何か繋がりがあるのなら、彼女が『異世界』に生まれた理由にも説明がつくかもしれない。上の空でカードを配り、ババ抜きに興じた。
アレクは運が良いのか悪いのか、ことごとくジョーカーを引き、次のフレアに回ることはなかった。フレアは嬉しそうに勝ち誇っていたが、アレクは悔しそうに唸る。
一方で、俺は違和感をいつまでも払拭することが出来なかった。ミユも同じだったのかもしれない。笑顔がぎこちなかったから。
この世界と異世界は、本当に切り離された『別物』なのだろうか。交わる何かがあったなら――理解したとして、俺に関係があるのだろうか。分からない。
* * *
特別なことは起こらず、朝を迎えた。
今日から呪いを解く方法を必ず探し出すのだ。
適当に身支度を整えようとクローゼットに手を伸ばす。そこで何やら光を反射する物を見つけてしまった。
――解呪の剣だ。
ここに置きっぱなしにしておくのもはばかられる。アレクに処分されてしまっても大変だ。仕方ない、持ち帰ろう。
魔法で剣を掌大に小さくし、ハンカチに包んだ。そっと懐に忍ばせる。
「忘れ物は……ないよね?」
念の為に、部屋を見回してみる。多分、忘れ物はない。
部屋を出ようかとした時、何やら騒がしい足音が聞こえ始めた。
「クラウ様、帰りますよ!」
カイルだ。
彼も部屋へ一度戻ったから、そのまま会議室へ行くものだと思っていたのだ。剣を見られなくて良かった。肝を冷やしつつも、二人で一緒に部屋を出た。
廊下を進み、カイルが会議室の扉を開ける。その向こうには、既にフレアとサラの姿があった。俺たちを見つけると、フレアは手を振り、サラは丁寧にお辞儀をする。
「おはよう」
「ミユとアレクは?」
「まだ来てないよ」
今日を逃せば、フレアに解呪の剣について話をする機会は与えられないかもしれない。今、少しだけ話してしまおうか、とも思った。しかし、ミユに聞かれる訳にはいかない。
「フレア。ミユが帰るまで、ちょっと残ってて」
「何か話したいこととかあるの?」
「うん、そんなとこ」
今はこれ以上は言えない。苦し紛れにフレアに微笑んでみせると、彼女もふふっと笑ってくれた。
そんな時に、扉は再び開け放たれた。ミユとアレク、アリア、それにロイがやってきたのだ。
笑顔を向けると、ミユもニコッと笑い、小動物のようにこちらへと走り寄ってきた。
その後ろでアレクが口を開く。
「オマエら早かったな」
「持って帰るものなんて、ほとんどないから」
「それはそーなんだけどよ」
フレアの素っ気ない反応に、アレクは頭を掻いてみせる。
「何かしてたの?」
「まぁな。これ渡そうと思ってよ」
アレクの手にはクラフト紙の包みがあった。それをフレアに押しつける。
中身はあれかな、と想像は出来た。
「唐辛子のキャンディ……。ありがとう」
「あぁ、また作ってやる」
アレクは良くフレアに唐辛子のキャンディを渡している。今回の別れは長くなるからと、アレクが気を利かせたのだろう。
ミユには悪いが、今日は先に帰ってもらいたい。動線を作るようにして、咄嗟に言葉を繋げていた。
「皆の顔も見れたし、俺は帰るよ。この二週間が勝負だからね」
アレクとフレアも負けず劣らずの闘志を見せる。
「あぁ。時間の制約があるのは厳しいけど、文句は言えねぇしな」
「あたしも出来るだけのことはしてくるから」
「ちゃんと食べてね? ちゃんと寝てね?」
「大丈夫、分かってるよ」
ミユがあまりにも必死になって訴えかけてくるので、思わず笑ってしまった。
ミユは頬を紅潮させると、小さく笑う。
「じゃあ、二週間後に、また」
言い切ると、照れ隠しのようにして光を放ちながら姿を消した。どうか、無茶はしないでくれ。言っておけば良かったな、と思いながら、アリアの姿も消えるのを確認した。
「クラウ、話があるんでしょ?」
フレアの声に、現実に引き戻される。
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する