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第24章 瓦礫の館 / 第175話
話に花を咲かせていると、ロイとサラが足を止めた。
「かなり遅くなりましたが……。お昼休憩にしましょう。お疲れ様でした」
この楽しい雰囲気を休憩に持ち越せるのは、正直に嬉しい。緊張から解放される。
道の傍らに倒れている木をベンチ代わりに、四人で座った。使い魔たちは別の倒木に目をつけ、腰を下ろす。片手でふくらはぎを揉み解しながら、もう一方の手で、ミユから昼食のハードパンを受け取った。トッピングはレーズンだ。甘酸っぱい独特の味が口いっぱいに広がる。
「ねえ、あれ。ちょっと建物が見えてない?」
ふと、ミユの隣にいるフレアが呟いた。
「えっ? どこ?」
ミユもフレアの指差す方向を見て、目をぱちくりとさせる。
「あれ、建物……?」
「違うのかなぁ」
思わず、俺もフレアの指先を追っていた。風に揺れる木の葉から、僅かに建物らしきものが見え隠れはしている。しかし、違和感が拭えない。三角形にとがってはいるものの、屋根らしきものが見当たらないのだ。
「やっぱり分かんないよ~。近付いてみないと」
「そっかぁ」
ミユとフレアの会話も聞き流す。
アリアが察知出来ていなかった場所――新たに誕生した館なのか、それとも滅びた館なのか――まさか、後者なのだろうか。
「いや、まさか……ね」
自ら導き出した答えを否定するかのように首を振る。ミユの視線がこちらを向いた気がして、振り向いた。彼女は不思議そうに小首を傾げている。
「どうしたの?」
「ううん、ただの気のせいだと思う」
そう、ただの気のせいだ。小さく笑いながらも、不安は消えなかった。その気持ちが伝わってしまったのか、ミユは視線を揺らすばかりだ。
そんな時に、アレクは立ち上がる。彼は親指を森の方へと向け、俺を見遣った。
「おい、クラウ。ちょっとあっち行かねぇか?」
「えっ? あっ、うん、良いけど」
恐らく、アレクも『嫌な予感』がしたのだろう。断る理由も思い浮かばず、するりと倒木から離れる。
「ごめん、ミユ。ちょっと行ってくる」
「うん……」
ミユは右手を左手で抱き、不安いっぱいな顔で小さく頷いた。本当は一緒に連れていきたいのに。状況が許してくれない。
アレクが進む道なき道を追い、拳を握り締める。数十メートルほど歩いたところで、アレクは足を止めた。
「オマエも気付いてんだろ?」
彼は苦しい心境を押し殺したりはしない。顔に全て表れていた。
「なんとなく、ね」
「これは敵の罠かもしれねぇ。断定はしねーけど、可能性は高ぇ」
呟かれる言葉に、唇を噛み締める。
「それでも、オマエは進むか? 引き返すんなら今だぞ」
「引き返すなんて、そんなこと……」
ここで引き返せば、解呪を諦めたも同然だ。俺に出来る筈がない。
「俺は進むよ。何があっても」
「そーか」
アレクは諦めにも似た表情で、小さな溜め息を吐く。
「オマエが血迷ったら、オレは必ずオマエを止めるからな。隙、見せんじゃねーぞ」
吐き捨てるように言うと、アレクは来た道を引き返す。その背中が、俺たち四人の過去、現在、未来、全てを背負っているように見えて、気に食わなかった。
俺たちを出迎えたのは、呆れ顔の使い魔と、不安げなミユとフレアだった。アレクは俺の到着を待ち、口を開く。
「悪かったな。そろそろ行くか。日が暮れちまう」
「本当ですよ。何をしてらっしゃったんだか」
「まあ、こっちの話だ」
言える筈がない。アレクとロイが言い合いを繰り広げる中で、ミユとフレアも倒木から離れた。ミユはこちらに駆け寄ってくると、俺の右手を両手で包み込む。
「何してたの?」
「うーん、ちょっとね」
なんとかはぐらかしてみる。ミユは頬を膨らませるが、苦笑いを返すことしか出来なかった。
旅を再開して数十歩しか歩いていない所に看板が立っていた。『クレスタの館まであと一キロ』と書かれている。この看板ですら、影が用意したのでは、と疑心暗鬼になってしまう。
「あと一キロか。もうちょいだな」
足を止めることもなく、看板の前を通り過ぎた。早く、この疑念から解放されたい。誰が言うでもなく、歩くペースは上がっていく。森の奥に建物らしきものが見えた時には、俺とアレク以外の六人が歓声を上げた。それも一瞬だった。
「嘘……だろ?」
不安が的中したのだ。アレクとフレア、その前にいるロイとサラの背中越しに見えたものは、崩れた壁に落ちた屋根、まさしく廃墟だった。
「とにかく、行ってみよーぜ」
言葉を失ったロイとサラに、アレクが優しく声を掛ける。俺も完全に諦めた訳ではない。たとえ廃墟だとしても、解呪の痕跡や手掛かりが残ってさえいれば良いのだから。
隣で涙ぐむミユに、そっと言葉を添える。
「俺は諦めてないよ。だから、ミユも」
「……うん」
この言葉がミユの生きる希望になるのなら、何度だって投げかけよう。彼女と繋いだ手は小刻みに震えていた。
館の敷地内に入ると、アレクは声を張る。
「良いか? 瓦礫を取っ払ってでも、意地でも何か手掛かりを探すんだ。もう、他に方法は残ってねぇんだ」
「はい!」
その思いに応えるかのように、四人の使い魔たちは駆け出した。手っ取り早く入口の方から素手で瓦礫を撤去していく。
俺も負ける訳にはいかない。館の部屋があったであろう一角に到達すると、無我夢中で瓦礫を放り投げていく。汗が噴き出そうと、手が擦り切れようと構わない。ミユと俺の未来が絶たれないのであれば。壁に空いた穴からは、オレンジに変わった夕日が差し込んでいる。
「そろそろ休もーぜ。日が暮れちまう」
アレクが声を掛けてくれた時には、手元が暗くなっていた。空を見上げてみれば、色彩は紫へと変わっている。
無言のまま、カイルがランタンを手に近付いてきた。
「クラウ様、今日はもう止めましょう。明日もありますから」
「……うん」
悔しくて堪らない。持っていた瓦礫を外へと放り投げ、小さく舌打ちをした。
テントに入る全員の顔は一様に硬い。続くハードパンに溜め息を吐きながら、嫌々かじる。ミユも食欲が沸かないのか、数口小さく頬張っただけで食事を止めてしまった。アレクは無表情のまま、ミユを見る。
「ミユ、もう良いのか?」
「うん」
「ちょっと食べてくれただけでも偉いよ」
死と隣り合わせの状況で、食事を摂れと言う方が間違っているのだ。ミユの頭を撫で、少しでも恐怖を取り除きたいと願う。
「私、もう休むね」
「では、ミユ様はあちらに」
アリアがもう一方のテントを指し示すので、ミユはよろよろと立ち上がった。こんな状態のミユを一人にはしておけない。アリアと二人で付き添いながらテントを跨ぎ、ミユが布団に入るのを見届ける。すかさず彼女の手を握った。
「また、明日があるから。大丈夫」
『大丈夫』は魔法の言葉だ。唱えただけで、なんとかなりそうな気持ちになる。
もう片方の手で、彼女の頭を撫でる。
「おやすみ」
相当な疲れと精神的な負担がかかっていたのだろう。ミユは数分も経たずに寝息を立て始めた。
「ミユ、許して……くれるかな……」
最悪な展開が脳裏を掠める。誰に問うでもなく、一人呟いた。
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