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第25章 遠ざかる未来 / 第176話
最初から心のどこかで感じていた。この旅は失敗するのではないか、と。漠然としたイメージではなく、確かな根拠を持って。
第一に、ミユ以外の俺たち三人は、解呪の方法探しは難航していた。これだけならば、呪いを解かれたくはないから、と単純に説明付けることが出来る。
一方で、ミユは情報を持ち帰ることに成功した。影に狙われている彼女が、だ。真っ先に妨害されてもおかしくはないのに。何か意図的な物を感じてしまう。疑い始めれば切りがない。俺たちが得る情報を一つに絞り、そこへ確実に誘き寄せる。そうすれば時間もかけずに、楽に俺たちと接触を持てる。しかも『あいつ』の性格だ。ミユの心に深い傷を負わせて弄ぶつもりなのだろう。なんて卑劣なのだろう。人の信じる心に漬け込んで、むざむざと捻り潰すなんて。
目を逸らしてしまいたい未来はすぐそこまで迫っている。このまま他の解呪の方法が見つからなければ、俺は――。
「やっぱり……怒る、よね……」
目の前に横たわるミユへ問い掛けてみるが、返事はない。ミユは今、安らかな夢の世界に居るのだから。
誰にも聞かれることなく、細やかな呟きは跡形も残さずに消えゆく筈だった。
不意にテントの入口が開いた。外の空気が部屋に流れ込んできて、冷気が足元を走り抜ける。
「当たり前だろ。考えるまでもねーよ」
先程の呟きを聞いていたのか、やってきたアレクとフレアの表情は物悲しく、怒っているようでもある。
俯き、ミユへと視線を戻した。
「俺さ、いつかはこうなるんじゃないかって思ってた。考えてみれば変なことばっかりだったし」
独り言のように喋ってみる。まるで現実感がない。
「神様だって、百年間探し回った結果があれだったんだ。俺たちだけじゃ、他に見つかりっこないよ……」
弱音なんか吐きたくはないのに。諦めの言葉ばかりが出てきてしまう。
「クラウ、逃げようよ! わざわざ罠に嵌ることなんてないでしょ? ねえ、アレク!」
声を聞いただけで、フレアの必死さが伝わってくる。それでも、俺もアレクもすぐに返事は出来なかった。背後からは頭を掻き毟るような音まで聞こえてくる。
「そうかもしれねぇ。でもよー」
「逃げたって、時間稼ぎにもならない。すぐにあいつは俺たちを追ってくるよ。それに、ミユは……」
ミユは死を覚悟している。その思いを覆すには、俺が隠し通すと決めた『解呪の剣』の事実を突きつけなくてはならないだろう。そんなことは、俺には出来ない。
堪らずに、フレアが小さな声を上げて泣き出してしまった。重苦しい空気がテントの中を占拠する。
「クラウ様、アレク様とフレア様と、ちゃんとお話をしてきてください。私がミユ様をお守りしていますから」
傍で俺たちの話を聞いていたアリアは、話の流れから何かを察知したのだろう。儚く微笑むと、視線をミユへと移す。
「先にフレア、オマエが話をつけてくれ。オレは後でコイツに聞きたいことがある」
「……分かった。クラウ、準備が出来たら来てね」
俺の意見など一切聞かず、フレアは重たい足取りでテントを出て行ってしまった。
「頼む。オレらの話も聞いてくれねーか? このままじゃ、オマエが良くても、オレらが後悔する」
そう言われると、後ろめたい気持ちが沸いてくる。聞きたくないと言い切ってしまいたかったが、出来なくなった。溜め息を吐くこともはばかられ、ぐっと堪える。
テントを出ると、カイル、ロイ、サラの三人が、悲しみを堪えたような表情で佇んでいた。かけるべき言葉が見つからず、無言ですれ違う。もう一方のテントには、こちらに背を向けて俯くフレアの姿があった。近寄りがたい雰囲気だな、などと思いながらも、足を一歩前へと踏み出した。
「もう、ホントにこうするしかないの?」
か細い声が空気を震わせる。未だにフレアは微動だにしない。思わず足が止まった。
「えっ?」
「進むしか、ないの?」
繰り返される声は今にも泣き出しそうな程に震えている。
返す言葉が出てこない。フレアからは見える筈もないのに、首を縦に振ってみせる。
「あたしがミユの立場だったら、きっとクラウを恨む。ミユも同じかどうかは分からないけど、でも、可能性はある」
「うん」
「好きな人に恨まれて、嫌われて、好きな人を泣かせて、悲しませて。それでもクラウは後悔しない?」
目を合わせた訳でもないのに、心を見透かされたような感覚に陥ってしまった。ミユの泣き顔が脳裏を掠めていく。力が加わり、だらりと開かれた両手は拳へと変わった。それだけでは足りず、唇も噛み締める。
「それは……」
「ミユに直接許しを請うことも、謝ることだって出来なくなるんだよ。その覚悟がある?」
後悔しないと言えば嘘になる。ミユに恨まれたり、嫌われてしまうのは確かに苦しい。悲しませるなんてもってのほかだ。
しかし、俺がこうでもしなければミユは殺されてしまう。笑うことも、悲しむことさえも出来なくなってしまう。そちらの方が遥かに辛い。何度、自問自答を繰り返しても結果は同じだ。
「ミユが二度と笑えなくなるより、俺が嫌われる方が、ずっと良い。後悔するとかしないとか、そんな問題じゃないよ。俺はただ──」
「ミユが助かったとしても、笑うなんて……無理だよ。クラウなら分かるでしょ? それがどんなに辛いことか」
「じゃあ、どうしろって言うのさ! 俺が諦めればミユは殺される! ミユを助けるためには俺が殺されなきゃいけない! 俺だって、こんなこと……!」
あまりにも理不尽な言葉に声を荒げてしまった。次から次へと感情が溢れては冷静さを奪い去っていく。
「後悔しない訳ない! 覚悟だって出来てないよ! やっとミユに逢えたのに、それなのに!」
もう耐え切れない。感情が心の許容範囲を超えている。涙すら出てこない。
ぶつける所のないそれを全て抱えるようにして、その場に蹲ってしまった。頭を抱えて目を強く閉じる。
胸が苦しい。辛い。怖い。嫌だ──。
「酷いよね。あんまりだよ……」
苦痛に支配されながらも、フレアの小さく、微かな囁きは確実に耳へ届く。
「あたしには選べない。どっちか一人の命なんて。だから、逃げて欲しかった。一分でも、一秒でも良いから」
フレアの気配と足音がこちらへと近付いてくる。そのまま俺の前で立ち止まり、しゃがんだのだろう。白いスカートの裾が目に映り込む。
「四人で笑って帰れたらって、ずっと思ってた。でも、もう決めたんだよね」
顔を上げてみれば、すぐそこに赤い瞳があった。長い睫毛が影を作り、物悲しさを強烈に印象付ける。
フレアにこんな表情をさせているのは俺なのだろうか。そう思うと、いたたまれなくなってくる。咄嗟に目を逸らす。
「ホントは進みたくなんかない。それでも、進むしかないから」
項垂れて、首を軽く振ってみせる。すると、力強い声が返ってきた。
「あたし、絶対に許さない。影も、クラウにこんな決断をさせた神様も」
それまで憂いていた人物だとは思えない。瞳──いや、表情に生気が宿っている。意志の強さを読み取れた。その瞳でまっすぐに俺を貫き、「ただ……」と言葉を繋げる。
「これだけは約束してくれる? 最後まで望みは捨てないって」
「うん」
フレアだけではない。カイルとも、そして自分自身とも交わした約束だ。自信を持って言い切れる。最後まで足掻いてみせると。決意も新たに大きく頷いてみせた。
恐らく納得はしていない。それでもフレアはこれ以上、俺に詰め寄ろうとはしなかった。早々に立ち上がってテントから姿を消す。今頃はアレクに、ことの顛末を話しているのだろう。
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