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第24章 瓦礫の館 / 第174話
空が闇から水色に変わり、数時間も経たない頃だ。朝食のパンにも口を付けず、八人揃って唸り声を上げていた。
湖を超えて進むと、行く道が二手に分かれたのだ。看板や立札の類は一切ない。
「どっちに行けば良いんだ?」
アレクの問いかけにも、誰も反応しない。自分もどうして良いか分からず、ミユと顔を見合せた。絡ませた指もぴくりと動く。
「もう、どっちかに賭けるしかないよ。間違ってたら到着が一日遅れちゃうけど、仕方ない誤差だよ」
「でもなぁ」
迷っている時間があるのなら、勢いに任せてどちらかに賭けた方が確実に進むと思うのだ。アレクは納得出来ないのか、片手を頭に乗せる。彼のもう一方の手をフレアは握り、眉間に皺を寄せた。
「はっきりしない人は嫌われるよ?」
「あ? あぁ……まぁ、な。どっちの道が良いか多数決で決めるか?」
「それで良いよ」
多数決なら、文句は出ないだろう。ミユとフレアもアレクに頷いてみせる。
「私たちは魔導師様たちに一任します。私たちに行く先を決める権利はありませんので」
ロイが言い切ると、他の使い魔三人も同意を示す。
「じゃ、オマエら決めたか? せーのでいくからな。せーの!」
「右!」
「左!」
アレクとフレアが右、俺とミユが左で、意見が完全に割れてしまった。またしても八人で唸り声を上げる。
「使い魔も入れ」
「ですが……」
「このままじゃ決まんねーよ」
アレクとロイが言い合いをする中で、俺は意見を変えないでおこうと決める。使い魔が入ることで状況が変われば良いのだが。
次のアレクの掛け声を待っていると、ミユが小首を傾げた。間が開き、彼女は逆に首を傾ける。
「右だよ」
「ミユ?」
「右の道を進めば、クレスタの館に行ける」
先程は、ミユは『左』と言っていた筈だ。それが、確信めいた『右』という意見の方向転換――彼女に何が起きたのだろう。
ミユは俺の腕を引っ張り、アレクとフレア、そしてロイとサラを抜き去り、駆け足で右の道へと入る。明らかにおかしい。
「ミユ!」
咄嗟に引かれる腕に力を込め、逆に引き戻した。ミユの身体は俺の胸に衝突する。
「ミユ、なんか変だよ?」
まるで、誰かに操られていたかのような、そんな様子だった。何が起きているのか不安で仕方がない。身体を離したミユは、目を瞬かせて困惑を露わにする。
「声が……聞こえて……」
ミユの声は震えていた。
「どんなことを言ってた?」
「『右に行け』って」
俺には何も聞こえなかった。にわかには信じ難い。
「誰の声だった?」
「神様、かな。私、この世界に知り合いなんてほとんどいないし」
神様なら、何故、ミユにだけ本来の道を教えたのだろう。疑問しか残らない。そこに、置いてきぼりを食らっていた六人も合流する。
「とりあえず、こっちに進むか。ミユが意見変えたから、さっきの多数決も右が過半数超えたしな。違ったら、ワープしてここに戻ってくる。これ以上考えててもしょうがねぇ」
「そう、だね」
この状況では、納得するしかないのだろう。多数決の結果も持ち出されたのでは、否定のしようがない。
隊列を組み直し、右の道を進む。砂利を踏む音だけが響く。誰も話をしようとはしない。緊張が張り詰める。
その中で、疑問が口をついて出た。
「でも、なんで神様はミユにだけ?」
いくら考えても結論は出ない。
ミユの手を握る力は徐々に強くなっていく。旅の疲れも出始め、時間の感覚も分からなくなってしまった。
「ねえ、皆、何か話そうよ~」
あまりの緊張感に耐えきれなくなったのだろう。ミユの悲鳴にも似た嘆きが、俺たちに変化をもたらす。
「話なんかしてたら、オマエ疲れるんじゃねーか?」
「静かなのよりはマシだもん」
振り返って呆れを見せるアレクに、ミユは口を尖らせる。その提案は、俺にとってもありがたい。疲れを紛らせることが出来るだろう。
アレクは表情を和らげた。
「そーだな。話でもするか。オマエら、小さい頃の遊びは何だった?」
「水遊び」
「雪合戦」
「ブランコ」
このアレクの質問は土地柄が出る。面白いくらいにバラバラな答えが返ってきた。
「ガーネットって暑いから、水で暑さを凌ぐしかないの。皆でプールに集まって遊んだなぁ。ウォータースライダー、怖かったけど楽しかった」
フレアは遠い目で微笑みながら、思い出を紡ぐ。
「俺は雪だるまとか、かまくらとか作ったりもしたし、スケートもしたけど、一番思い出に残ってるのは雪合戦かな。顔面に雪玉当たったりもしたけど、楽しかった」
幼い頃に雪合戦をした時には、姉や幼馴染に『一人だけ男でずるい』と訳の分からない文句を言われたものだ。かと言って、俺が一人勝ちしていた訳ではない。姉の猛攻には苦戦したものだ。懐かしいな、と思わず笑いが漏れる。
「私は遊具でいっぱい遊んだよ。滑り台とか、シーソーでも遊んだけど、一番はブランコだなぁ。自分では思いっきり漕いだつもりだったけど、今見たらそうでもないんだよね~」
異世界にも公園があるらしい。エメラルドの街中では、よく見かけたものだ。意外なミユの一面に触れられた気がして、嬉しくなる。
「オレは砂遊びだったな。棒倒しで勝った時は、嬉しくてその辺走り回ったけどよー。トパーズの城を作ろーとして砂が崩れた時は泣いたな」
子供時代とはいえ、アレクでも泣くことがあったのか。驚いていると、彼は口角を上げる。
「んじゃ、次は家庭教師に教わってたの頃の話だな。何の講義が好きだった?」
「家庭教師?」
「ミユは学校に行ってたのか? んなら、その話でも良いぞ」
学校という言葉に、ミユに対しても若干の驚きが加わる。この世界で学校に行けるのは、庶民の中でも裕福な家庭のみだ。同性の友達を作れて、羨ましいなと思うこともあった。
フレアを筆頭に、一言ずつ答えを述べていく。
「ダンス」
「語学」
「音楽」
今回も思い思いの回答が出揃った。
「オレはテーブルマナーだな。色んなもん食えて、教養も学べるんなら一石二鳥だろ」
「アレクらしい」
フレアはふふっと笑い、アレクを見上げる。
「そっか。ミユ、笛吹けるもんね」
「うん」
ミユの答えには納得だ。好きでなくては、音楽は続けられない。
「クラウは語学?」
「うん。昔から本を読むのが好きなんだ。特にファンタジー系の話が好きだな」
空想に浸れる本は、心の拠り所だ。恋人探しを続けていた過去から逃避出来る。それも、苦痛に満ちた旅ではなく、希望と勇気に溢れる世界へ行ける。
ミユは「へぇ……」と感嘆の声を漏らした。
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