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第7章 輝く氷雪 / 第117話
「お待たせいたしました」
「ミユ様のことでしたら、私に仰って下さい」
二人は頭を上げる気配を見せない。
「カイルは部屋の外を見張ってて欲しい。アリアは中を」
「分かりました」
俺が指示を出すと、カイルとアリアはようやく動き始めた。カイルは足早に廊下へと出ていき、アリアはこちらに椅子を持ってくる。俺も椅子に腰掛け、これで良いだろうかとアレクとフレアの顔を見遣った。彼らはにこっと笑い、こちらに頷いてくれた。
どうやってアリアに切り出そう。考えあぐねていると、フレアの隣にちょこんと座ったアリアは躊躇いがちに口を開いた。
「私に聞きたいことがあるのではありませんか?」
フレア、アレク、そして俺の瞳を見て、アリアは口を結ぶ。
俺たちは三人で頷いてみせる。
「カノンはどうしてアイリスを憎んだのか、理由があるなら聞かせて欲しい」
「分かりました。いつかは話さなければと思っていましたから」
アリアは長い睫毛の影を落とし、憂いを帯びた瞳を床へと向ける。
「カノン様は、アイリス様に殺された、と思っていらっしゃいます」
それは何となく分かってはいた。影も『そこにいる君もワタシの共犯だろう?』と言っていた。『君』とは、アイリスのことなのだろう。
その経緯が分からない。三人で眉をひそめ、アリアに先を促した。
「カノン様はアイリス様に呼び出されて、夜にテントから出たと。そうして行った先には影がいて、呪いをかけらてしまわれた。その時、傍でアイリス様が笑っていたそうです」
アリアが口を結ぶと、フレアはたじろぎ、大きく首を横に振る。
「影の傍にいたなんて……あたし、絶対にそんなことしてない! だって、あたしが異変に気づいてカノンの所に行ったら、もうカノンは倒れてたんだよ?」
「それは私には分かりかねますが、カノン様が見たことはお伝えしました。あとは、皆様がどう行動するか次第ですので」
言い切ると、アリアはそれ以上に口を開かなかった。
だから、カノンはアイリスを憎んだのだ。呪いをかけたのは、アイリスが共犯だと思ったから。
しかし、アイリスがそんなことを出来る性格ではないことくらい知っている。彼女の根は優しい。いくらカノンと仲が良くなかったとはいえ、殺したりなどしない。それに、殺せるのなら、影の力を使わずとも既に殺していた筈だ。
フレアは潤んだ瞳をアレクと俺に向ける。
「二人はあたしのことを、信じてくれる?」
「勿論だ。オマエは人を殺せねぇよ」
俺もアレクに同調し、笑顔で頷いてみせる。
だが、心の中のどこかで、アイリスを疑ってしまう自分もいる。カノンの言葉を信じてあげたい。カノンもまた、そんな嘘を吐くような性格ではないのだ。
もし、両者が正しいことを言っているのだとしたら――有りもしない空論を展開し、解決もせずに沈んでいく。
「クラウ様、ちょっとよろしいですか?」
アリアの声に、いつの間にか足元へと落ちていた視線を上げた。アリアは真剣な表情で、フレアは不安げに、アレクは訝しげに俺を見ていた。
「何?」
「ここではあまり。廊下でもよろしいですか?」
「うん」
頷いてみせると、アリアは静かに立ち上がる。
恐らく、フレアのことで話があるのだろう。本人には聞かれたくはない何かが。
続いて腰を上げ、廊下へと歩みを進める。アレクとフレアの視線は、ドアが遮るまで俺に刺さっていた。
「アリア? あっ、クラウ様も」
事情を知らないカイルは不思議そうに首を傾げる。
「カイル、ここで聞いたことは他言無用にして」
「う、うん。分かった」
アリアはカイルに念を押すと、俺に向き直った。その緑色の瞳に淀みはない。
「私は何があっても、カノン様の……ミユ様の味方です。ですから、クラウ様はご自身が思った通りに行動なさって下さい」
恐らく、アリアはたとえミユが孤立したとしても、自分だけは味方だから気にするな、と言いたいのだろう。
俺だって同じ気持ちだ。ミユの孤立を許すほど、俺は卑怯ではない。
アリアに首を振ってみせた。
「さっきはフレアの話を信じるって頷いたけど、それはミユのことを信じないっていう意味じゃない。もしかしたら、どっちかがそうだって思い込んでる可能性があるし、夢だった可能性もゼロじゃない。俺は、二人のことを信じたい」
そうだ。二人が正しいことを言っている可能性は大いにある。先程の空論は有りもしないことではないのだ。
アリアは俺の顔を見て、ほっと息を吐き出した。
「それを聞いて安心しました。どうか、ミユ様のお話も聞いてあげて下さい」
「分かってる」
アリアも思い悩んだに違いない。自分の仕えている人が、ある日突然、仲間だと思っていた人物に殺された。その相手はのうのうと生きている。そんな状況に晒されたら、正常な判断は出来ないだろう。アリアは良くやっている。
アリアに微笑み、大きく頷いた。
* * *
影への警戒はカイルとアリアに任せ、久しぶりに睡眠時間を十分に取ることが出来た。
朝が過ぎ、昼へと変わっても、まだミユは目覚めない。このまま目が覚めなかったらどうすれば良いのだろう。そんな不安までもが沸き起こってくる。まるで眠り姫のようだ。
ミユがようやく目を覚ましたのは、その日の夜だった。アレク、フレアと三人で、ミユが瞼を開ける瞬間に立ち会った。
「私……」
ベッドに横たわったままで、虚ろな焦茶の瞳が俺たちを捉える。
フレアがいち早くミユに声をかけた。
「頭痛はどう?」
「まだ、少し痛い」
ミユは眉間にしわを寄せ、片手を頭に当てる。
「さっき飲ませてくれたのは何?」
「鎮痛剤と睡眠薬だ。鎮痛剤はあんま身体に良くないからな。ホントに酷い時だけだ」
「うん。ありがとう」
それくらいしかしてあげられない自分に腹が立つ。
その時、ミユの表情が僅かに曇ったのを感じた。気づいていないのか、アレクは笑顔を見せる。
「このままミユの調子が良くなれば、六日後にまた過去を見に――」
「私が行きたくないって言ったら……皆はどうする?」
まさか、ミユがそんなことを言い出すとは思っていなかった。いや、考えないようにしていただけだろうか。
少し考えれば分かるはずだ。訳も分からずに過去を見せられ、その度に、頭痛に襲われ――嫌にならない方がおかしい。前世なんて思いもよらないなら、余計に、だ。
「第一、この過去を見て何になるの? さっぱり分からない人の良く分からない過去なんて」
「過去を見なきゃ先に進めねーんだ」
「先って何? 進めないってどこに?」
もう、真実を話すしかないだろう。顔を合わせたアレクとフレアでさえ、困り果ててしまっているようだ。
「もう限界だよ」
隠し通すなんて無理だ。小さく呟き、俯いてしまった。
「あたしもこれ以上、隠しごとはしたくないよ」
フレアの囁き声も聞こえる。
「あのな、ミユ」
アレクの声が聞こえ、時が止まる。
嫌な役目を任せてしまって申し訳ない。そうは思うものの、俺の口からは言えそうにもない。黙ってアレクの次の言葉を待った。
「オレらは最初からオマエを騙してた」
「えっ?」
「いや、コイツらは関係ねぇな。オレがオマエを騙してたんだ」
いや、違う。俺たちだって、大いに関係がある。首を振りたくなったが、なんとか我慢をした。
「この過去を見終われば、オマエは完全に魔法を使えるようになる。たまに花がどっかから出てきてただろ? あれはオマエの魔法だ。頼む、責めるならオレだけを責めてくれ」
「三人とも出てって」
「他にも話が――」
「良いから出てって!」
ミユは頭からすっぽりと布団を被ってしまった。
こうなっては話なんて出来はしないだろう。時間が解決してくれるのを待つしかない。
今はミユを一人にしてあげた方が良い。それだけは確かだ。
立ち上がり、アレクとフレアも促した。
「行こう」
先頭を切って、静かに廊下を目指す。
やはり、魔法のことだけでも最初から話しておいた方が良かったのだろうか。今となっては無駄な後悔に苛まれ、ドアは背後で小さな音を立てた。
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