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第28章 光と闇 / 第183話
「呪いは必ず俺が何とかする。だから、ミユは羽根を出す事に集中して」
これはまやかしの言葉なんかではない。もしもの時が来れば、文字通り命を賭して。
しかし、ミユは益々表情を強張らせた。
「クラウ、変なこと考えてないよね?」
「大丈夫だよ」
変なことではない。いたって本気だ。
俺を見詰めていた目は、瞬きとともに伏せられる。必死に考えを巡らせているのだろう。
敵に目を遣ってみれば、薄気味の悪い笑みで俺たちの出方を窺っている。漆黒の靄は羽根へと姿を変えようとしていた。
俺も羽根を出すことに集中しよう。怒りや憎しみは閉じ込めて、ただひたすらに『奴を倒したい』と願いを込める。視界の上部から光を感じ取ると同時に、『何か』が身体から離れていく感覚がした。光が収まって天を仰ぐと、青い羽根がふわふわと風に遊ばれている。アレクとフレアの頭上にも、それぞれ黄色と赤の羽根が浮かんでいる。
あとはミユだけだ。敵の羽根は、もはや羽根ではなくなっていた。漆黒の矢だ。
ようやく緑の羽根が姿を現すと、奴は狂った笑みを浮かべた。
「ずいぶん遅いじゃないか」
唸り、その矢を放つ。中央へ集まろうとしていた四色の羽根が、矢へと姿を変える時間は残されていない。
「逃げろ!」
アレクの叫び声で、四人が散り散りに逃れ落ちる。しかし、奴の攻撃は予想外の方向へと飛んで行ったのだ。
空気を引き裂く強烈な音を立てながら向かったのは、緑の羽根だった。中央を射貫かれた緑の羽根は光をまといながら粉々に砕け、空気に溶ける。
「私の羽根が……!」
十数メートル離れてしまったミユは手を伸ばし、宙を掴む。その傍にはアレクの姿も見える。
声をかける間もなく、後方で凄まじい爆発音が轟いた。咄嗟に、傍でうずくまっていたフレアに覆い被さる。背中に小石が当たる感覚はしたが、痛覚は麻痺していたのかもしれない。
「フレア、大丈夫?」
「うん、ありがとう」
マントの影から微笑みが覗く。どうやら、彼女を守れたようだ。良かった。
ミユの方も確認してみると、アレクが彼女を守ってくれたようだ。
ほっとする間もなく、敵は声を上げる。
「これからが本番だ。羽根を良く見てみろ」
羽根がどうしたというのだろう。ミユの羽根はなくなったのだ。何も起きようがないのに。
予想に反して、残された赤、青、黄の羽根は変化を止めようとはしない。三枚が重なると、黒い靄のようなものが羽根の周囲に立ち込め始める。
そういうことか、だからカノンは殺され、ミユも命を狙われているのだ。結論が出た後も、これみよがしに羽根たちは一枚の漆黒の羽根へと変貌し、矢へと姿を変える。誰の指示を受けることもなく、矢は奴へと向かっていく。それを受け止めるように奴は両手を広げる。まるで吸収するかのように、矢はその身体に吸い込まれていった。
「フフッ……ハハハ! やはり、私の見立ては間違っていなかったようだ」
新しい玩具でも手に入れたように、奴は舌なめずりをしながら笑い狂う。
「どういうことだ!? オレらが出した羽根だよな!?」
「どういうことも何も、見たままじゃないか」
「私たちの羽根なのに! 黒くなる筈がない!」
「ミユ、君は入っていないだろう?」
そう、緑の羽根がなくなったから、俺たちの羽根は『光』ではなく『闇』へと堕ちたのだ。
「そういうことだ。君さえ消えて居なくなれば、世界は崩壊する」
「何……言って……」
「染料も、三色が混ざれば混ざる程に汚れていくだろう? それと同じだ。地の魔導師がいなかった百年間、君たちに思い当たる節がないとでも?」
思い出したくもない。あんなにバラバラで、ぎすぎすした空気感を。思わず顔をしかめてしまった。
逆に言ってしまえば、ミユの魔法がなくならなければ光は生まれるのだろう。絶望することはない。
「呪いをかけた理由もこれだ。君たち全員を相手にするつもりはない。ミユが死んでくれればそれで良い」
ルイスは狂笑のまま、姿を消した。かと思えば、ミユとアレクの前に姿を現す。瞬間移動だ。
「死ね!」
「ミユ! 危ない!」
俺の恐怖は最高潮に達した。このままではミユが殺されてしまう。手を伸ばしても、この距離では届く筈もない。
奴は黒い小型ナイフをミユに向かって振り下ろした。
「……ってぇ!」
「アレク!」
フレアの叫び声に、身体が凍る。アレクが身を挺してミユを守ってくれたのだ。ナイフは彼の腕を貫通したのだろう。血が滴り落ちているのが遠目からも分かる。
やがてナイフは靄となって掻き消える。アレクは呻きながらその場に崩れ落ちた。
「アレク! 嫌!」
「フレア、落ち着くんだ!」
一人で駆け出そうとするフレアの肩を掴む。涙に濡れた顔がこちらを向く。彼女に頷いてみせると、ようやく冷静さを取り戻したようだ。唇を噛み、一度だけ小さく頷き返してくれた。
ミユとアレクは岩の壁を作り、どうにか難を逃れている状況だ。奴が小型の矢を岩めがけて放つと、当たった瞬間に光の球が立ち上った。
赤、青、黄が色の三原色なら、赤、青、緑は光の三原色だ。唯一、色の三原色に入っていない『緑』が邪魔だったという訳だ。
「ミユ、今行く!」
「君たちの相手はこれだ」
大地を蹴ろうとした瞬間、目の前に『影』が現れた。にたつく赤い瞳に殺意が沸く。どうせ、これも奴の魔法なのに。こんなものに構っている場合ではないのに。焦りが思考能力を奪っていく。
「どけろ!」
叫びながら、影を目がけて氷の刃を放った。それと同時に、影の足元に火柱が立ち上る。俺の魔法は呆気なくフレアの魔法によって蒸発しまった。火柱が収まってみれば、何事もなかったかのように影が佇んでいるのだった。
――オレとミユ、クラウとフレアはなるべく離れた方が良い。互いの魔法を打ち消し合うからな――
魔法の特訓をする中での説教じみたアレクの言葉が蘇る。――最悪の状況だ。
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