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第13章 代償 / 第137話
眺めたところで、今、理解出来ることは限られていた。「うーん」と唸り声を上げ、鞘から刀身を抜いてみる。鋭い刃は鏡のように俺の姿を写し、太陽の光で煌めく。
「玉を嵌め込めたなら、敵をかすりさえすれば良い。敵は呪いと共に消滅するだろう」
そんなにも強大な力が、この剣に秘められているなんて。と、ここで俺たちが魔法の特訓をする意義を見失ってしまうのだ。
「かすっただけで、敵も、呪いも消滅するんなら、羽根で戦う意味なんてなくない?」
「それもそうではないのだ」
神は静かに瞬きをすると、鋭い視線を俺へ向ける。
「お前には覚悟してもらわなければならない」
その声には、口を挟む事さえ許さぬ気迫があった。重く、低い。
「己の身を捧げる覚悟を」
一言の衝撃に心臓が脈打ち、息が詰まる。
身を捧げる――つまり、死ね、ということだろうか。
理解した途端、身体が震え始める。声が、言葉が出てくれない。
「羽根を使う前に、お前の覚悟が決まるとも限らぬからな。あれは戦力として持っていた方が良い」
こいつは何を言っているのだろう。
「良いか、相打ちを狙うのだ。叶わなければ自害する他にない」
自分で自分の命を――考えただけでゾッとする。
これまで四度も自分の命を無駄にしてきたのに。ミユと出逢った今となっては、自分の命が惜しくて堪らない。
「まあ、お前以外の……風の魔導師でも、火の魔導師でも構わないのだが」
神は力なく首を振る。
「お前が適任だろう」
「そんな……」
「他に手段はない。それが我らが導き出した答えだ」
こんな重荷をアレクやフレアに背負わせられる筈がない。死ねなんて言える筈がない。
「伝えられることはこれだけだ。帰路に着きなさい」
神の声に答えるかのように、一陣の風が吹き抜ける。
嫌だ。何も考えたくない。
「自力で帰れぬのなら、帰らせるのみ」
神は翼をはためかせると、徐々に地上から離れていく。
それと共に、俺の身体が光り始めた。転移させるつもりなのだろうか。
どうにもならない感情を抱え、神の行く先をただただ見ていた。光は強まり、浮遊感が襲い来る。
気付いた時には、モザイク模様の真ん中に佇んでいた。膝から崩れ落ち、剣を持ったまま両手を地面に突く。
ミユの笑顔が脳裏に浮かぶ。怖い。嫌だ。悲しい。憎い。負の思いだけが頭を占拠し、感情の雫となって両目から溢れ落ちる。
“クラウ、帰ろう……?”
訳も分からず、首を横に振る。
“じゃあ、勝手に力を使わせてもらうよ”
どうにでもすれば良い。半ばヤケになり、瞼を固く閉じた。周りの空気が一瞬にして変わる。
何で、俺がこんな目に。
ミユに知らせられないのも納得だ。仲間を一人犠牲にしろなんて、神だとしても言える筈が無い。
せめてもの情け、ということなのだろうか。
「うわあぁっ!」
手に触れた剣を前方へと力任せに投げつけた。何かにぶつかり、激しい音を立てる。
「何で……!」
今度はミユではなく、俺が死ななければならない。何故、どうして――神は、運命はこんなにも過酷なのだろう。
俺の思いを知らぬように、鳥の囁き声が聞こえた。
「う……うぅ……」
子供のように、声を上げて泣きじゃくる。
これからのことなんて考えられない。ミユは今まで、こんな絶望の中にいたのだろうか。
彼女の立場に立ってみて、初めて気づく。俺には、心配りが全く足りていなかった。
「ミユ……ごめん……」
拳を血が滲むのではないかという程に握る。
時間の経過を感じるなんて、完全に麻痺してしまっていた。
* * *
涙は枯れるということを知らないのだろうか。いくら経っても止まってはくれない。
感情も死んでしまった頃、ドアをノックする音が三回鳴り響いた。
「おい、クラウ」
ドアを隔てているせいでくぐもってはいるが、アレクの声だ。
今は誰にも会いたくない。話したくない。
「おい、いるんだろ?」
見えもしないのに、首を横に振ってみせる。
「飯だけでもって思ったんだけどよー、食う気になったら出てこいよ」
たった一言『ありがとう』を言うだけなのに。声が出てくれない。
虚しく足音は遠ざかっていく。
ドアの前には、あの解呪の剣が転がっている。こんなもの、見たくない。
乱暴に立ち上がり、剣と鞘を取り上げた。刃を鞘に収め、洋箪笥に立てかける。クローゼットから上着を一着取り出すと、目に映らないように剣に被せた――のは良いのだが、上着の重さで剣が倒れてしまった。
もう良い。
不貞腐れるようにその場にうずくまり、溜め息を吐く。
俺はこれから、どう立ち回れば良いのだろう。分からない。
ミユの呪いを解くためには、誰かの命が必要で、俺が適任だと言われて。俺が命を投げ出せば、ミユは救われる。救われたとして、ミユは幸せになってくれるだろうか。
幸せにならない未来なんて、想像したくない。せめて、俺に想いを寄せてくれる前に、この世から消え去りたい。
羽根の力を借りるまでもない。俺は、ミユを救うことしか考えられない。
しかし、いざとなった時に、本当に俺は死を覚悟出来るのだろうか。思考の渦に囚われたまま、時間だけが過ぎていった。
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