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第14章 絶望の淵で / 第138話
夜になっても気持ちが回復することはなかった。涙が枯れた代わりに、心が死を迎える。
何も考えたくない。
暗がりの中にいても気分は沈む一方なので、一応、部屋の明かりは点けた。夕食を運ぶために誰かが部屋に入ってきても嫌なので、ドアの鍵もかける。
窓の外を見てみれば、雨が降り注いでいる。先程から聞こえていた音は、雨が原因だったらしい。
雨粒の音にも気づかないなんて。
どうかしていると思いながらも、納得してしまう自分がいる。
頭を軽く振り、右手で叩いてみる。
ぼんやりと過ごしていると、とうとうあの音と声が聞こえてきた。
ドアをノックする音が三回、そして――。
「おい、クラウ。夕飯くらい食えよ。出てこれるか?」
アレクだ。
夕飯なんてどうでも良い。溜め息を吐くことすら面倒で、視線だけを落とす。
無反応でいると、数分で気配と足音は遠のいていった。
今日は疲れてしまったし、眠ってしまおうか。重い腰を上げようとした時、再びドアはノックされた。
「クラウ、大丈夫?」
ミユの声だ。一番聞きたくて、聞きたくない声だった。どう反応して良いのか分からない。
「入っても良い?」
反応を窺いながらも、ドアノブを回す音が響く。鍵をかけていて良かった。合わせる顔がない。
「今はそっとしてあげた方が良いと思う」
「そーだな……」
どうやらミユは俺の気持ちを分かってくれたらしい。唇を噛み、心の中で「ごめん」と呟いてみる。
こんなにも不甲斐なくてごめん。すぐに決断出来なくてごめん。
また一粒、右目から涙が溢れ落ちる。
「また、様子見に来てやってくれねーか? フレアも一人にはしておけねぇし、頼む」
「分かった」
ドアの向こうで繰り広げられるやり取りが耳に残る。
「いつからフレアと付き合ってるの?」
「あ? いや……」
「見てたら分かるよ」
声は聞こえるのに、心に入っていかない。
「現世からだ。悲しむフレアを放っておけなくてな」
「そっか。それなのに、私の事まで心配してくれてありがとう」
数秒間を置き、ミユはまた口を開く。
「私、部屋に戻るね。また何かあったら教えて」
「あぁ」
正直に言うと、もうここへは来て欲しくなかった。
その気持ちを伝えられる訳もなく、次々に二人の気配は消えていく。
ようやく一人きりになれた。今度こそ眠ってしまおう。腰を上げ、重たい身体を引き摺ってベッドへと倒れ込む。
溜め息を吐くと、轟音と共に雷が光った。僅かな恐怖心が沸き起こる。まだ怖いと思う心は残されているらしい。
明かりを消すことすらも面倒臭く、静かに瞼を閉じた。もう、何もかも終わってしまえば良いのに。そんな考えを消すこともなく。
* * *
無情にも朝はやってきた。次の日も、その次の日も。そうして三日間、俺はただぼんやりと過ごしていた。生を無駄に過ごしていた。
何もしなくても、腹は減ってしまう。アレクが置いてくれたであろう食事を廊下からさらい、淡々と胃へと流し込む。美味しいとか、好物だとか、そんな感情もどこかへ置いてきてしまっていた。
そろそろ行動を起こさなくては。思うのに、頭がきちんと働いてくれない。
いや、違う。この重荷を誰かと分け合いたかったのかもしれない。俺だけで抱えるには重過ぎる。
タイミング良く、ドアがノックされた。アレクだと良いなと思ったが、物事は思い通りには運ばないものである。
「クラウ、ご飯食べれてる?」
鈴の音に似た、コロコロと転がるような可愛らしい声――ミユだ。心配してくれているのが声色だけで分かる。
「……ミユ、アレクを呼んできて欲しい」
何とか声を絞り出す事が出来た。数秒間が空く。
「私じゃ駄目?」
「ごめん」
「ちょっと待っててね」
「うん」
ミユの気配は確実に遠ざかっていく。
アレクにあの話をするということは、俺も受け入れなくてはならないのだろう。拒絶したところで、現実は何も変わらない。そう、何も。
首を横に振り、椅子へ座った。手が汗ばみ、喉がひりつく。
アレクは数分も経たずに部屋へとやってきた。未だに鍵のかかったドアを三回震わせる。
「来たぞ。入っても良いか?」
返事をする代わりに、瞼を閉じて魔法を使う。鍵の開く音がすると、すぐにドアは開かれた。廊下の涼しい空気が部屋へと流れ込む。
「……何があった?」
いつにも増して、慎重で、力のこもった声だ。
「とりあえず、椅子に座って」
「あ、あぁ……」
意外にも、俺の心臓は平静を保っている。
指示通りにアレクは俺の対角に座ると、吐息を吐いた。
「こんなに落ち込むくらいだ。ミユの呪いは解けねぇって言われただけじゃねーだろ?」
「……うん」
瞼を閉じ、話し出すタイミングを窺う。
「ミユの呪いは解けるよ。ただし……」
「何だ?」
「俺が死ねば、ね」
「……はっ?」
アレクは理解したくないのか、嘲笑してみせる。
「意味分かんねーよ。何でオマエが」
「あっちに剣がない? 解呪の剣っていうんだってさ」
洋箪笥の横に転がる解呪の剣を視線で追う。アレクも恐らく発見しただろう。
「何でそんな物騒なもんがここにあるんだよ」
声が僅かに震えている。
「神様に貰った」
「やっぱ意味分かんねーよ。一から説明しろ」
小さくはあるが、脅しに近い声色だ。
ようやく剣から目を逸らす事が出来、瞼を閉じた。細い息を吐き、自身の心を落ち着かせる。
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