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第15章 抵抗 / 第141話
その朝はけたたましく始まった。
「おい、クラウ! 起きろ!」
ノックもせずにアレクが部屋へと雪崩込んできた。表情は険しく、酷く慌てている。
「こっち来てくれ!」
何かが起きたことは分かった。それが良くないことであるとも。
嗜んでいた紅茶を零しながらテーブルに戻し、腰を浮かせた。
「何があったの?」
「ミユが……! 何でも良い、さっさと来てくれ!」
一気に血の気が引いていく。アレクが部屋を出るよりも早く、弾かれたように駆け出していた。
まさか、影の奇襲を受けたのだろうか。無事でいてくれ。じゃないと、俺がどうにかなってしまいそうだ。
ミユの部屋のドアを激しく引いた。手から離れたそれは壁にぶち当たり、壊れそうな音が鳴ったが、今はどうでも良い。とにかく、ミユだ。
付き添っていたフレアをすれ違いざまに押し退ける。周囲に散らばるガラス片もお構いなしに、床に横たわるミユの身体を抱き上げた。
温かい。しっかりと体温はある。
思い切り揺らした筈なのに、瞼は固く閉ざされ、表情の変化すらない。
「ミユ!」
いくら呼んでも応答もない。
「いつからこの状態?」
「分からないの……。朝、呼びに来たらもう倒れてて……」
嘘だ。こんな別れ方は絶対に嫌だ。呪いを必ず解くと、四人で生き延びると誓ったばかりなのに。
「ミユ!」
何度叫んだか分からない。ようやくミユは小さな呻き声を上げ、指を動かした。徐々に瞼も開けていく。
すぐに目は見開かれ、頬が薔薇色に染まった。
「何があった?」
影に襲われたのなら、もう時間は残されていない。
問い質すと、ミユは俺の胸に飛び込んできた。
「怖い夢を……見たみたい」
「夢?」
「うん。あれが現実なら、私は……」
やはり、原因は影だ。
怖いものでも思い出したのだろう。ミユは俺の服をぎゅっと握り締める。それを見ていた筈なのに、アレクは乱暴に口を開く。
「夢じゃねぇだろ。周り見てみろ」
これ以上、ミユの恐怖を煽りたくはない。震える背中に腕を回す。
止めてくれという願いも込めて、アレクを鋭い目で見上げた。
フレアは辛そうに視線を落とし、スカートを握り締める。
「魔法の特訓なんてしてる時間ある?」
「今回はただの脅しだ。じゃなかったら、ホントにアイツはミユを殺してただろ。誰も見てねー絶好の機会だったからな」
つまりは、ミユを――俺たちを葬り去る準備はまだ整っていない、ということだろうか。
それならば、まだ魔法の特訓をし、呪いを解く方法を探る時間は残されていると思って良い。
「私、やだ」
ミユは一人、俺の腕の中で呟く。そして、強い光を放ち始めたのだ。
これはワープの光だろう。
止める間もなく、ミユの姿は掻き消えた。
「……どこに行った!?」
困惑する俺たちをよそに、くぐもった轟音が聞こえた。小さく大地が揺れる。
窓の外を見てみれば、数十メートル先に土煙を確認出来た。そこから巨大な蔦が捻れながら立ち上り、天を貫く。
絶対にミユの魔法だ。こんな無茶な魔法の使い方をしてしまっては、体力が一気に削られる。命すら危うくなる。
考えるよりも早く、ミユの元へと転移していた。姿を確認すると、脇目も振らずに彼女へ体当たりをする。
「ミユ、止めるんだ!」
一緒に草原へと身体を投げ出した。ミユの身体を受け止めるように、何とか手を伸ばす。
「大丈夫だから。今度こそ、俺が何とかするから」
ミユの頭の下敷きになっていない右手で、彼女の頭を優しく撫でる。
大丈夫だから。何があっても、ミユだけは必ず守り抜くから。四人で生き残る意志とは矛盾した感情にも気づかずに、静かに涙を流しながら突き抜けるような天を仰いだ。
後から駆け付けたアレクとフレアも、辛そうに顔をしかめるばかりだった。
三人で何とかミユを宥め、アレクが出してくれた魔法陣を使ってミユの部屋へと戻る。
フレアがガラス片を魔法で修復した結果、グラスだったことが分かった。手にしていたそれを落としでもしたのだろう。
ミユをテーブルに着かせ、俺も対角へ座る。アレクが気を利かせたのか、二人分のココアを用意してくれた。甘い香りが部屋の中に充満する。
早々に二人は退散し、ミユと二人きりになった。
「落ち着いた?」
微笑みかけると、キョトンとした顔が返ってきた。何も考えられない。そんな表情だ。
それなのに。
「その怪我、どうしたの?」
あまり触れられたくない事実に触れられてしまった。
「えっ? うーん……」
どう説明すれば良いのだろう。俺の発言が原因だとは伝えにくい。
「いや……」
言葉を詰まらせる俺に、ミユは小首を傾げる。思わず顔を逸らしてしまった。
言わない訳にもいかないらしい。
「昨日、アレクに殴られた」
「えっ?」
端的に、結果だけを伝える。
みるみるうちに、ミユの顔は苦しそうに歪んでいった。
「痛そう……」
呟くと、そっと右手を伸ばしてくる。その拍子に、ミユの胸元で何かが揺れたのだ。目を凝らしてみれば、繊細なシルバーのネックレスの先に、小さなリング――。
「そのリング……」
「えっ? あっ……」
間違いない。カノンの結婚指輪だ。ミユは赤面し、リングを隠すように両手で包み込む。
ようやく俺を受け入れてくれたのだ。嬉しくて、嬉しくて堪らない。それなのに、心の奥底から込み上げてくる、このやり切れなさは一体何なのだろう。胸が熱く、痛くなる。と同時に、両目から感情の涙が零れ落ちた。
「クラウ?」
何故、想いが通じたのが今なのだろう。あまりにも無常過ぎはしないだろうか、神様――。
とうとう両手で顔を覆ってしまった。
足音が近づいてきて、柔らかくて温かな何かが俺の背中を撫でる。ミユの想いを感じると、泣き声を抑えることすら難しくなってしまった。
もし、呪いを解く方法が見つからなかったら、俺は君を置いて逝かなくてはならない。俺と同じ思いを君にさせなくてはならなくなる。本当にごめん。
こんなことは考えてはいけないのに、嫌な考えが頭にこびりついて離れなかった。
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