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第22章 希望へ / 第169話
浮遊感が消え去り、瞼を開ける。広がった光景に思わず息を呑んだ。
『クレスタ』と掲げられた看板はひしゃげ、家は壁から崩れている。人々は素手で瓦礫を避け、救助活動を行っているのだ。俺にも出来ることがあるなら――。
「皆さん、隠れてください」
心の声を遮り、アリアは小声で指示を出す。今は人命救助をしている時間はない。仕方のないことだった。村人たちに見つかる前に、木々の影に身をひそめる。
「ワープした先が村の中じゃなくて良かった。もし村の中だったら、助けを求められて足止めを食っていたでしょうから」
カイルの発言に、使い魔全員が頷く。
行くしかない。頭では分かっているのに、心が受け入れてくれない。ミユも同じ気持ちになったのだろう。首を横に振り、使い魔たちに抵抗を見せた。それをアリアが険しい表情でたしなめる。
「今、体力を削られる訳にはいきません。呪いが解けたら、また助けに来ましょう」
「行くぞ」
アレクは一言だけ放つと、砂利道を踏み締める。ただ一つ、クレスタの館を目指して。アレクと使い魔には損な役回りをさせてしまったな、と思いながら、ミユの右手を握る。
「ミユ」
囁くと、そのままアレクの後ろにつこうとした。しかし、ミユは動こうとしない。
「ま、待って」
ここに留まりたいミユの気持ちも分かるが、今は俺たちの未来を勝ち取るために進まなくてはならない。決意を彼女にも伝えるようにして、その腕をそっと引いて歩き出した。解呪が成功したら、エメラルドの人たちを助けよう。その思いも、混乱するミユには伝えられなかった。村は確実に遠ざかっていく。
まっすぐ森の中に続く一本道の傍には、せせらぎが流れている。水の音が荒んだ心を洗い流してくれるかのようだ。先頭はロイとサラが、最後尾にはカイルとアリアがついてくれている。突然の影の襲撃に備えてのことだ。前を歩くアレクとフレアの間にも会話はない。それもそうだ。倒木が発生し、所々で道が塞がれていた。嫌でも地震があったことを、影の存在を思い知らされるようだ。
隣を歩くミユは、ちらちらと俺の顔を見上げる。
「ん? どうかした?」
ミユの方を振り向くと、その表情は曇っていた。
「ううん、何でもない」
まるで、何も聞かないでくれと言っているかのように、彼女は俯く。
「何かあったら、遠慮なく言って?」
「うん……」
隠し事はしないで欲しいという俺の願いは聞き届けられないのだろうな、と思いながらミユの頷く姿を見ていた。
「あいたっ」
突然、後ろにいるカイルの声が聞こえた。
「カイル、何してるの」
「つまずいた」
何となく振り返ってみると、苦笑するカイルにアリアが呆れ顔を向けているところだった。カイルがつまずくことなんて珍しくはない。思わず俺も失笑してしまった。
「そんなの、いっつもだよ」
「それは分かっていますが……」
アリアはやれやれと首を横に振る。そこへアレクの声が響く。
「そろそろ休憩しよーぜ。丁度良い所に木が倒れてるしよー」
アレクが親指で指し示す方には、一本の倒木があった。川に沿って倒れているので、せせらぎを眺めるには絶好の場所だろう。
やっと休める。ゆっくりミユと話せる。そう思っていたのに、アレクは嫌な笑みを俺に向けるのだ。
「おい、あっちで魔法の練習でもしようぜ」
言うと、俺の右腕をがっしりと掴む。
「えっ? ちょっと……!」
百年前の出来事が蘇る。あの時は告るとか告らないとか、そんな会話だった。しかし、今は状況が違う。
「ミユ、ごめん!」
ミユも俺との会話を望んでいたのかは分からない。それでも、重い空気が続いていたので謝らずにはいられなかった。アレクに引き摺られながら、もっと俺の意思も尊重して欲しいと心の中で文句を言ってみる。瞬く間に残された六人は木の陰に隠れ、見えなくなってしまった。
「アレク! ちゃんと自分で歩けるから!」
「あぁ、済まねぇ」
いきなりぱっと手を離されたので、転びそうになる。何とか体勢を立て直すと、アレクを睨みつけた。
「話があるんじゃないの?」
「あぁ。まあ、な」
先程の勢いはどこへ行ってしまったのか、アレクは神妙な顔をする。嫌な予感しかしない。
「オマエ、解呪の剣は持ってきたのか?」
「えっ? うん、一応」
忘れたかった現実を不意に突きつけられる。懐で息をひそめている解呪の剣が、俺の胸を刺したかのような痛みが走った。
「そーか、ちょっと確認したかっただけだ」
アレクは瞼を閉じ、何か考えるような素振りを見せる。それも束の間、彼は口角を上げた。
「オマエ、ミユにまだ言ってねーだろ」
「何を?」
「『愛してる』」
いきなり何を言い出すのだろう。一瞬にして頭は真っ白になってしまった。
「いや、オマエには『大好き』の方が合ってるかもな。くっつきそうでくっつかなくてよー、見てたら腹が立ってくるんだ」
俺の中ではミユと相思相愛なのだが、周りから見るとそんなに付かず離れずな状態なのだろうか。
「おい、魔法でカモフラージュするぞ」
「う、うん」
曖昧に返事をし、アレクが放った天にまで届きそうな竜巻に水をまとわせる。本当にカモフラージュになっているのか怪しいところだ。轟音に紛れて、アレクが呟く。
「もし駄目だったら、オレがオマエの代わりに……いや、そんなこと、考えちゃ駄目だよな」
まさか、アレクは俺の代わりに『解呪の剣を使う』と言いたかったのだろうか。何があっても、アレクやフレアが犠牲になる事は阻止しなくてはならない。これはカノンを救えなかった俺一人の問題だからだ。
「アレク、それは絶対に――」
「今のは忘れてくれ」
忘れられる筈がないではないか。清々しい微笑みを浮かべるアレクに、とてつもない戸惑いが沸き起こるのだった。
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