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第22章 希望へ / 第170話
問題はそれだけではなかった。魔法を止めるタイミングが見計らえない。アレクの掛け声で止めようと試みたが、僅かにずれてしまった。竜巻に乗れなかった水が地上に降り注ぐ。
「おい! 遅ぇ!」
「ごめん!」
謝った時には、二人でずぶ濡れになっていた。半径二、三メートルの地面だけが雨上がりのように木漏れ日を反射している。
怒られるのは覚悟した方が良い。拳を握り締め、六人の元へ戻った。やはり、呆れた瞳が俺たちを迎えるのだった。
「お二人とも、何してるんですか! さっさと着替えてください」
ロイは目を吊り上げ、テントを取り出す。その中に二人揃って押し込められた。
「ミユ様とは状況が違います。水遊びで熱を出すなんて、私は許しませんからね」
捨て台詞を吐かれた挙句、ロイに思いきり入り口を閉められた。カイルに預けておいた麻袋の中から着替えを引っ張り出し、ムスッとしたまま着替えを終える。濡れてしまった髪はアレクが風の魔法で乾かしてくれた。下手に会話をして、解呪の剣の話を持ち出されるのは嫌だ。無言でいると、アレクも会話をしようとはしなかった。
テントを出ると、ロイは納得したように何度か頷く。
「では、出発しましょう。日が暮れる前に、目的地に着かないと」
ロイはテントを魔法で圧縮し、懐にしまい込んだ。
誰が言うでもなく、先程の隊列に並ぶ。定位置になりつつあるミユの隣を占拠し、右手を握る。そして、大丈夫だよという意味も込めて微笑みかけた。本当は、風邪を引かないか少し心配になるくらいには肌寒い。
「大丈夫? 寒くない?」
「大丈夫だよ。ミユの手、温かいし」
冷え切ってしまいそうな心は、その温もりのお陰で温度を保てている。その答えに満足できなかったのか、ミユはぷくっと頬を膨らませた。歩き出しながら、苦笑いが漏れる。
「歩いてたら身体も温まるから。そんな顔しなくても良いじゃん」
「心配だから言ってるの~」
「ごめんごめん」
謝りながら、説得力がなかったかと反省してみる。
「あと、どれくらい歩くのかな」
「うーん、こういう所って、あと何キロって看板がある筈なんだけど」
「キロ?」
「うん、距離の単位だよ」
恐らく、ミユは知らないだろうなと思いながら説明してみる。ところが、ミユは目を見開き、首を振ったのだ。トランプと同じで、キロと言う単位も異世界にあるのだろうか。
「ミユ?」
「ううん、何でもない」
ミユは再び首を振る。先程の考えはあくまでも俺の予想なので、真実は彼女にしか分からない。
俺たちの会話を聞いていたかのように、ロイが声を上げる。
「あ! 看板がありました!」
彼が指差す方向には、確かに木製の道標が立てかけてあった。八人でそこに駆け寄り、文字を確認する。
「クレスタの館まで、あと七十キロ……。今日はあと十キロくらい進みましょう」
「分かった」
カイルの提案に、他の全員が頷いた。早速、道順に戻って歩を進める。
ふと、ミユが囁いた。
「クラウ、ありがとう」
「ん? 何が?」
「走り込みしてなかったら、多分、途中でダウンしてたと思うんだ~」
「うーん」
走り込みはミユが倒れた原因でもあるだろう。感謝されるのは間違っていると思うのだ。
一方で、彼女の気持ちがありがたいのには変わらない。
「気持ちだけ受け取っとくよ」
微笑み、そっと投げかけた。
エメラルドにしては冷たい風が身体を撫で、凍えさせる。水を浴びた影響か、小さく震えてしまった。
「ホントに寒くない?」
「やっぱり寒い」
格好つけるだけつけて、強がってしまったのは認めよう。
ミユは振り返り、カイルに視線を送る。
「何か温まるものないかなぁ」
「そうですねぇ……手袋とマフラーならありますが……」
何故、そんな物を持ってきているのだろう。ここはサファイアではなく、エメラルドなのに。カイルは足を止め、麻袋の中を漁り始めた。異変に気付かないのか、歩き続けるアレク、フレア、ロイ、サラとは距離が広がっていく。
カイルは大して焦ってもいない様子で、毛糸の青いマフラーと手袋を渡してくれた。
「これ、どうぞ。邪魔になるだけかと思っていましたが」
「ありがとう」
それらを早速身につける。温かくなったのは良いが、繋いだ手からミユの温もりを感じ取れなくなったのは残念だ。ただ、先程よりも力強く握ってくれている気がする。
「アレク様、フレア様、待って下さーい!」
アリアの叫び声で、ようやく先頭の四人が振り返った。
「オマエら、何やってんだー?」
「ちょっと、防寒着を!」
「今行きまーす!」
数メートル離れてしまったので、駆け足で先頭集団へと戻った。俺の姿を見たアレクは不満そうな表情だ。
「オマエだけ良いな……っくしょん!」
アレクは顔に似つかわしくないくしゃみをし、鼻を啜った。俺よりもアレクの方が風邪を引かないか心配になってしまう。
フレアは不安そうな表情でアレクを見る。
「アレク、風邪引かないでね?」
「あぁ、多分大丈夫だ」
アレクはにかっと笑うので、フレアも苦笑いを返していた。
それから二時間ほど歩いただろうか。景色は変わらない。日が傾いてきた事もあって、ロイとサラは足を止めたのだろう。
「ここで野宿しましょう」
野宿は実に百年振りだ。開けた場所もないし、人も通らないと思われるので、ロイは道のど真ん中にテントを二つ立てる。そのうちの一つに、俺たち魔導師は押し込められた。備わっていたランタンに、フレアが魔法で火を灯す。一瞬にしてテントの中は明るくなった。マフラーと手袋を外し、一息つく。
カイルがコップを取り出し、魔法で水を満たす。
「これ飲んでて下さい」
「うん。ありがとう」
それを受け取ると、すぐに口に含んだ。氷を入れたかのように冷たくて美味しい。疲れた身体に染み渡る。
他の三人も使い魔から水を受け取ったようだ。アリアはミユに話しかけると、使い魔に指示を出す。
「私とサラは火の準備をするから、カイルとロイは魚を釣ってきて」
「ラジャー」
使い魔が動き出すのを見て、ミユは首を傾げる。
「私たちは?」
「休んでいて下さい」
ここは素直に、使い魔に甘えてしまおう。大の字になって横になるアレクを尻目に、大きく息を吐き出した。
「今回は、余震……だったか? 小さな揺れもねーんだな」
「影も力を温存してるのかもしれない」
「だな、油断は出来ねぇ」
特にミユが心配だ。影に狙われているのは、明らかに彼女なのだから。
「ミユはぜってぇ一人になるなよ」
アレクの脅しにも似た声に、ミユは大きく頷いた。
アリアが集めた薪にサラが火をつけ、カイルとロイが釣った魚を串に刺して焼く。芳ばしい香りが辺りに充満し始める。
釣果は良かったらしく、一人あたり二匹の魚を食べる事が出来た。他にはハードパンのみという、質素な食事だ。とはいえ、タンパク質が摂れたのは大きいだろう。
皆が寝静まるまで、梟の鳴き声、木々のざわめき、焚き火の音――まるで疲れを癒してくれるかのように、自然が音楽を奏でてくれていた。
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