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第9章 連鎖するモノ / 第123話
結局、きちんと眠れたのかは分からない。夢は見なかった。重たい瞼を開け、時計に目を遣ってみれば時刻は七時過ぎだ。ミユは目覚めただろうか。複雑な心境に、唇を噛み締める。
胸元に手を伸ばし、おもむろに首に掛かるチェーンを取り出した。いつものように、先端ではカノンのリングが揺れている。カーテンの閉め切られた薄暗い部屋でも、僅かな光を反射させて輝いている。
今日こそは、ミユも俺のことを受け入れてくれるだろうか。きちんと話が出来るだろうか。取り留めのない思いが次から次へと浮かび上がっては消えていく。
そうしている間に、リングを持ち上げている腕がだるくなってしまった。リングごと腕を胸の上に乗せ、溜め息を吐いた。
今日、機会があればミユにこのリングを渡そう。俺が本当に必要としているのはカノンと歩んだ過去ではなく、ミユと紡いでいく未来なのだから。
なんて格好の良いことを考えついてみるが、実際、リングを持たせることでミユを繋ぎ止めておきたいだけなのかもしれない。もう二度と俺の元から離れてしまわないように。失ってしまわないように。
ミユの気持ちを知りもしないのに、自分勝手だな、などと軽く悪態を吐いて嘲てみる。
部屋の中へ光を取り入れるため、朝だと言うのに重たい身体をベッドから引きずり出した。
カーテンを一気に開けて、全身で朝日を浴びる。
窓に映っているのは真っ白で柔らかそうな雲と抜けるような青空、風で波打つ草原だ。こんなにも清々しい景色なのに、何故、俺の心は晴れ晴れとしないのだろう。
小さな溜め息を吐き、視線を下に落とした。
いつまでもこんなことをしてはいられない。ミユの様子を見に行かなくては。
踵を返し、クローゼットへと向かう。適当に白色の服を選んで、着替えに取りかかった。
「クラウ様、起きてらっしゃいますか?」
ドアの向こう側から聞こえたのは、カイルの声だ。急いで服に袖を通し、ドアを開ける。
カイルは一礼をし、畏まった様子を見せた。
「どうしたの?」
「アレク様に帰るように言われたので、ご挨拶だけでも、と」
「そっか」
ミユが魔法を使えるようになった今、厳重な護衛は必要ないだろう。いつまでもサファイアを留守に出来る訳でもない。
「カイル、ありがとう」
「いえ、とんでもありません」
カイルは首を横に振る。
「それでは、次にお会いする時まで」
「うん」
カイルはにこっと微笑むと、青色の中型犬の姿へと変わった。垂れた耳に円らな瞳、愛らしい姿も見慣れたものだ。
微笑み返し、光の中へと身を置くカイルに軽く手を振った。
俺も今、出来ることをしなくては。そのままえんじ色に伸びる廊下を歩き、ミユの部屋へと向かう。目的の場所には、既にアレクとフレアの姿が見えている。
二人はこちらに気づくと、手を振って迎えてくれた。それなのに表情は晴れ晴れとしていない。
「おはよう」
三人の声が重なった。駆け寄りながら、ミユの部屋のドアを見遣る。
「眠れたか?」
「全然」
「だろーな」
当然のことのように答えたせいか、アレクに苦笑いをされてしまった。
「魔法の特訓で倒れんじゃねーぞ。その時は置いてく――」
「嫌あぁっ!」
アレクの声を遮り、部屋の中からミユの金切り声が聞こえたのだ。
「ミユ!?」
何があったのだろう。思うよりも早く身体が動いていた。ドアを力のままに押し開け、部屋の中へと押し入った。
ミユは窓の傍でうずくまっていた。テーブルクロスを胸元で掴み、怯えた緑色へと変化した目をこちらに向ける。その周辺にはガラスの破片が散乱していた。ガラス片の一つ一つが太陽の光を乱反射させ、不気味に輝いている。
「ミユ! 何があった!?」
アレクの問いにも答えようとはしない。
「ミユ?」
嫌な間が開く。お願いだから、何か答えてくれ。無事なら無事だと、それだけ答えてくれれば良い。
ミユは力なく首を横に振る。
「鏡、割っただけか? あんま驚かせんなよ」
鏡を割っただけで、あんな悲鳴を上げるだろうか。アレクの安堵に疑問が湧く。
ヒントはミユの手元にあった。テーブルクロスを握り締める手が、傍から見ても分かる程に震えているのだ。何か隠したいのではないのだろうか。
胸元――浮かび上がった嫌な疑惑に、はっと息を呑む。そんなことがあってはならない。ある筈がない。疑念を確認するために、ミユの元へと一歩一歩近付く。
「ミユ、その手を下ろしてみて?」
疑念がただの思い過ごしであるのなら、手を下ろすくらい出来る筈だ。
それなのに、ミユは首を横に振り、視線までもを落とす。
「頼むから。じゃないと……」
乱暴な真似はしたくない。
答える気配を見せず、ミユは瞼を固く閉じた。
仕方ない。
「ごめん」
「えっ?」
こうなったら、力づくで確かめるしかない。頼むから、ただの思い過ごしであってくれ。
ミユの両手を掴み、無理やりに引き剥がしにかかる。
「やめて!」
ミユの力は弱く、叫んだ時には胸元を隠すものは取り除かれていた。テーブルクロスはたわんで彼女の膝の上に落ちる。
そんなものはどうでも良い。恐れていた事が現実になってしまったのだから。
「嘘……だ……」
目を背けたいのに、ミユの胸元から目が離せなくなってしまった。もう、立っていることすら難しい。膝ががくりと折れ、床に打ちつけた。
「クラウ? ミユ?」
状況を理解していないのか、フレアは小声で問いかける。アレクとフレアの足音も聞こえる。それもパタリと止まった。
「嫌ぁっ!」
「……フレア!」
『それ』に気づいたのだろう。慌ただしくここを離れていく二人の叫びを、なんとなく聞いていた。
ミユの胸元に現れていたのは、カノンの命を奪い去っていったモノ、長い嘆きの始まりとなったモノ、円をいくつも組み合わせたような赤黒い痣──忌々しい呪いの印だった。
こうなると分かっていたなら、過去を見せることなんてしなかったのに。何故、運命はこんなにも残酷で惨いのだろう。何故、再び苦しまなくてはいけないのだろう。ようやく彼女と再会出来たのに。ささやかな幸せも、あっさりと俺の手の中から零れ落ちていく。
「うわぁぁ~っ!」
酷く泣き出してしまったミユの身体を抱き寄せる。今の俺はこれくらいしか出来なかった。
「怖い……! 私も、殺されちゃうのかな……。やだぁっ……」
「あんな目には遭わせないから! 絶対……!」
カノンと同じ目に遭わせてなるものか。死なせて堪るものか。遂に俺の目からも、つうっと涙が零れる。
胸が焼けるように熱く、痛い。どうすることも出来ずにミユの頭に手を回し、更にきつく抱き寄せた。
「もう、失うのは……嫌なんだ……」
ミユの方が辛い筈なのに、そんな言葉まで漏れてしまう。自分勝手かもしれないが、それが俺の本心だった。
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