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第9章 連鎖するモノ / 第124話
突き付けられた未来があまりにも過酷で、しばらくミユから手を離せずにいた。離してしまえば、また直ぐにいなくなってしまうような──そんな気がしてくるのだ。
ようやくミユが落ち着いてきた頃、気持ちとは裏腹にそっと身体を離した。ふと目を落とした時に、ミユの足が目に映った。右脛に傷が出来ており、そこから細く赤が流れている。
「手当しなくちゃ」
自然と口から零れていた。
「えっ?」
「足、怪我してるじゃん?」
ミユは視線を右脛の方へと移すと、目を伏せる。
「これくらい、放っておいても大丈夫だよ」
血が流れているのに、放っておいて良い筈がない。肯定は出来なかった。
「傷の跡が残るよ?」
「でも……」
「良いから、ここに座ってて。鏡の欠片を踏んだら大変だから」
幼子を諭すように言い、ゆっくりと腰を上げた。気落ちしてしまったミユに、なんとか微笑みかけてみる。そのままくるりとミユに背を向け、廊下を目指した。この時に、既に涙が溢れていたことは、おそらくミユには気づかれていないだろう。
背中でドアを閉め、唇を噛み締める。
ミユはこれからどうなるのだろう。このまま影が現れれば、また彼女を死なせてしまうのだろうか。
そんなのは絶対に嫌だ。
いる筈もない影を睨みつけ、負けるな自分、と心を奮い立たせる。
とりあえず、今は怪我の手当てだ。包帯やガーゼは倉庫にある。キッチンの向かい側が倉庫となっている。
通り慣れた廊下を歩き、声を殺して咽び泣く。こんな所、アレクに見られようものなら堪ったものではない。
運が良かったのか、倉庫内から救急箱を取り出し、ミユの部屋へと戻るまで誰にも出くわさずに済んだ。涙を左腕でごしごしと拭い、深呼吸をする。充血してしまったかもしれない目は気づかれないことを祈ろう。
ドアを開けると、変わらずミユはそこに座り込んでいた。頭を膝に乗せている為、表情は見えない。
歩み寄り、その傍へとしゃがむ。救急箱を置き、ミユに微笑みかけた。
「触るよ。痛くない?」
声をかけると、ミユはそのままの状態で小さく頷いた。
今一度、傷へと目を向けてみる。血の量に対して、傷は深くはないようだ。
救急箱からガーゼと包帯を取り出し、傷に当てる。その瞬間、ミユの身体が小さく震えた気がした。僅かに手が止まったものの、ここで止める訳にもいかない。気づかないふりをして、手当てを進めた。最後に留め具で包帯を固定する。
この小さな身体に、どれ程の恐怖を抱えているのだろう。俺の比ではない筈だ。いたたまれず、ミユの頭を撫でた。
「鏡も直しておくよ」
こちらも片づけなくては、また怪我をしてしまう。鏡の枠へと手をかざし、直れと念じる。鏡の欠片はカタカタと震えながら宙に浮き、枠の中へと納まっていく。最後にヒビまでもが消え、すっかり元通りの形となった。
この魔法を使って、ミユの身体の傷も、恐怖も取り除けたならどれ程良いだろう。残念ながら、俺はその術を知らない。
せめて、俺だけは味方だし、恐怖の捌け口であることは伝えよう。
ミユの隣へと移動し、腰を下ろした。揺れる緑の瞳がこちらを向く。
「やっとこっち見てくれた」
少しでも、ミユの顔を見ることが出来て良かった。にこっと微笑んでみせる。微笑み返してくれなかったことは、気にしていない。
顔を正面へと向け、視線を落とした。
「辛くなったら、全部俺に言って良いから。その気持ち、全部受け止めるから」
「私、辛いの我慢出来る程、強くないよ。もう弱音吐いてるし……」
「そっか……」
やはり、ミユはカノンとは違う。自分の気持ちに正直でいてくれて良かった。
それは良いのだが、この状況で話題が見つからない。時計が時を刻む音だけが部屋に響いている。頭がぼんやりとする。
先に口を開いたのはミユだった。
「色々ありがとう。でも、ごめんね。一人で考えたいことがあるから」
恐らく、これは方便だ。俺を追い出したいのだろう。
今、ここで素直に部屋を出て良いものだろうか。いや、カノンのリングだけは渡してしまおう。この状況だから、余計に。
「……分かった。でも、これだけは言わせて欲しい」
「えっ?」
一瞬だけミユに背を向け、ネックレスからリングを取り外し、右手に握る。
ミユの正面に回り込むと、片膝を床について彼女の右手を取った。その小さな掌にカノンのリングを乗せ、ぎゅっと握らせた。
「これ、ミユが持ってて。今の俺には必要ないから。もう俺に返さないでね」
少し遠回しな言い方だが、これくらいが丁度良いだろう。あまりに直接的だと、更にミユを困らせてしまう。
もう、カノンみたいな目には遭わせないから。そう心に誓う。
これ以上、ここに居る必要はない。踵を返し、スタスタと進み、ドアを開閉させた。胸元では、飾り気のなくなったシルバーのチェーンだけが寂しそうに揺れている。
俺が為すべきことは何だろう。どうすれば、ミユを危険から遠ざけられるのだろう。疑問ばかりが俺の頭を占拠する。
自室へ辿り着いても思考はまとまらず、椅子に座って頭を抱えていた。
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