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第16章 女王の涙 / 第327話
「正解は……」
スチュアートは少しだけ溜め、にこりと笑う。
「ブルーチーズが食べられるようになった」
「そんなの当たるわけないじゃん!」
クラウとヒルダの言葉が見事に重なった。ヒルダはともかく、リラの苦手な食べ物なんて知る機会もなかったのだ。私が当てられるはずもない。
口を尖らせてみても、スチュアートの笑顔は変わらない。
「まあまあ。それで、ブルーチーズのケーキも出してみたんだけど、どうかな」
言われて初めて、新緑の点が混じったホールケーキを見てみる。メイドが丁寧に切り分けて私たちに配ってくれるので、早速、手を伸ばしてみる。私はブルーチーズを食べたことがない。口に合うだろうか。
「いただきます」
小さく呟き、口へと運んだ。若干の塩気と、ピリッとした刺激が舌を伝う。チーズの酸味とのバランスも良く、私は好きな味だ。
「美味し~」
自然と顔が綻んでしまう。
すると、クラウが自分のケーキを半分に分け、その半分を私の皿へと移したのだ。
「これ、食べて」
「えっ? でも……」
それではクラウが食べる分がなくなってしまう。返そうと思っても、ケーキ皿は遠ざかってしまった。
「俺は、ミエラがケーキを美味しそうに食べてるのを見るのが好きだから」
一気に顔が熱を持つ。こんな人前で、堂々と言わなくてもいいのに。しかし、リラ以外は『いつものこと』といった様子で特段気にしているようでもなかった。
「仲がよろしいのですね」
リラがぽつりと呟く。
「は、はい……」
フォークは持ったまま、俯いてしまった。その横で、クラウも微笑みを絶やさない。
談笑は続く。それでもリラは笑わない。動いているのは瞼だけ――そんな印象だ。
「リラが小さかったときは、二人で雪だるまを作ったんだ。城の中庭に並べて、二人ではしゃいでた」
「そんなこともあったんですね」
「その雪だるまが不格好で、頭が一番大きくて」
「あるあるだね~」
スチュアートの昔話に、セドリックとリリーが合の手を入れる。みんなも同じような経験をしたらしく、頷いてもいる。
私だけが話に浮いている気がする。なかなか馴染めずにいると、意外な人物が私に話を振ったのだ。
「ミエラはエメラルドでどんな遊びを?」
セドリックがこちらを見て微笑んだ。
「わ、私……ですか?」
「そうですよ」
ここはリラの誕生日会で、私が主役になる場所ではないと思う。どうしたものかと考えてみるけれど、上手くまとまらなかった。仕方なく、思いついたものを並べていく。
「ブランコとか、鬼ごっことか、ドッチボールとか――」
「ブランコ? 私、乗ったことない!」
意外にも、皆の興味を引けたらしい。ヒルダなんて、身を乗り出さんばかりだ。
「ドッチボールって、雪合戦に似てる遊び?」
「うん、たぶん」
「俺もやってみたかったなぁ」
クラウは遠くを見詰め、目を輝かせる。
そこで、セドリックの表情が緩んだ気がした。
「スチュアート。少しだけ、いいでしょうか」
「はい、どうぞ」
セドリックはヒルダに向き合い、二人で頷く。
「私ね?」
ヒルダは頬をほんのりと赤く染め、視線を落とす。
「赤ちゃんができたの」
その場の空気が止まった。悪い意味ではない。一筋の光がヒルダに注いでいるような、そんな柔らかさだ。
「姉さんに赤ちゃん……?」
「はい。まだ性別は分かりませんが……大事に育てあげてみせますよ」
セドリックはヒルダの肩を抱き、にっこりと笑う。その時、リラの口元が動いたのだ。
「ヒルダに、赤ちゃん……」
リラは何度も目を瞬かせる。そして、ついに一滴の涙が零れ落ちたのだ。泣いているのに、美しい。リラにはその言葉が一番、似合っている。
「私は、私は……」
リラは両手で顔を覆い、後ろを向く。その時は、ヒルダの妊娠がよほど嬉しかったのだろうな、と想像することしかできなかった。
後日、クラウと二人でスチュアートに呼ばれ、お茶を共にする。リリーはヒルダと買い物に行っているそうだ。
「急に呼び出してごめん。この前、リラが泣いちゃったから謝ろうと思って」
柔らかな日差しが注ぐ応接間で、小さな緊張感が漂う。
「スチュアートが謝ることじゃないよ。俺は、リラに謝って欲しかった」
「クローディオも酷なことを言うな」
スチュアートは苦笑いをしつつ、視線を下げる。
「リラは俺が城を離れたこと、激務をこなさなければいけないことをプレッシャーに感じてるんだ。しかも、リラにはまだパートナーがいない。支えてくれる相手がいない」
スチュアートはぎゅっと拳を握った。
言われてから気付く。クラウの存在がどれだけ大きいかを。私一人だったなら、きっとこの世界では生きていけない。貴族社会でもそうなのに、女王となればその苦労は計り知れない。
きっと、ヒルダと自分の違いを見せつけられる気がしたのだろう。リラの震える小さな背中は、言葉にできない全てを語っていたのだ。私の手にも力が入る。
「だから、今回のことは許してあげて欲しい」
スチュアートは小さく頭を下げる。
「俺たちと仲良くしたいって話は?」
「……それは次回に持ち越し、だね」
「ま、いいけどさ」
クラウも冗談で言っているのだろう。声も目元も柔らかい。リラも一人の人間なのだ。そう実感させられる。
スチュアートは若干前屈みになり、クラウを見た。
「それで、フェニックスの設計図はできてきてるのか?」
「まあまあだね。そっちこそ、モルフォ蝶の案は進んでるの?」
「こっちも、まあまあ」
クラウとスチュアートは笑い合う。結局、氷像大会ではルーゼンベルクはフェニックスを作ることになったらしい。案が通って嬉しいというよりは、無事に完成して欲しいという期待の方が上回っている。
しかし、氷像大会の前に結婚式が控えている。胸の高鳴りは期待から緊張へと変わっていくのだった。
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