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第16章 女王の涙 / 第326話
そして、その日はやってきた。朝から女王の演説が成され、各家庭にケーキが配られる。道端で大道芸やストリートダンスも披露される。人で賑わう華やかな街を、クラウと二人で馬車の中から眺めていた。
「でも、本当にプレゼントを持っていかなくてもいいのかなぁ」
私が独り言のようにぽつりと呟くと、それをクラウが拾ってくれる。
「大丈夫だよ。リラがそう決めたんだから」
「う~ん……」
お茶会の参加条件はリラを陛下と呼ばないこと、そしてプレゼントを持参しないことだ。破れば城から追い返されてしまうかもしれない。それでも、私だったらと考えてしまう。
「こう考えてみようよ。プレゼントは俺たちの話。リラが本当に仲良くしたいと思ってくれてるならね」
「話、かぁ」
私にできる話なんてあっただろうか。ちらりと日本のことが頭を過る。しかし、ヒルダとセドリック、それにスチュアートとリリーは私が異世界人であることを知らない。まとめて打ち明ける気にはなれず、その話題は胸の奥底に沈めることにした。
話題を探している間に城へ伸びる橋を越え、城門をくぐる。馬車を降りてエントランスに入ると、ヒルダとセドリックの姿があった。ヒルダは淡い水色のふんわりとしたドレス、セドリックも紺の正装を着ているので、二人が立っているだけで上品な空気になる。
「あっ、来た来た!」
「こんにちは」
ヒルダとセドリックは揃って笑顔を見せてくれた。
「スチュアートとリリーは?」
「先にリラのところに行ってるよ。私たちも行こっか」
ヒルダは城内を知っているらしく、先頭を切って歩き出す。すぐにセドリックが横に並び、私とクラウも後に続く。
「ミエラって、緑だけじゃなくて薄ピンクも似合うんだね」
ヒルダはちらりと振り返り、にこっと笑う。急にそんなことを言うので、先に身体が反応してしまった。頬は熱くなり、視線も落ちる。
「お姉様だって、今日のドレスもお似合いです」
「ありがとう」
可憐で、風のような柔らかさだ。ヒルダは「ふふっ」と笑い、さらに歩を進める。
辿り着いたのは玉座の間、だろうか。似たような扉をエメラルド城で見たことがある。
「リラ、来たよー!」
ヒルダは声を張り上げると、自ら扉を開けた。重たい蝶番の音を響かせながら、視界は広がっていく。
幾重にも重なる豪華絢爛なシャンデリア、玉座へは紺の絨毯が伸びており、その先にはリラとスチュアートの姿があった。リリーは――いた。兄妹の邪魔をしないようにするためなのか、玉座の間に置かれた円卓に座っている。紅茶にもケーキにも触れず、じっと待っていてくれたようだ。
リリーに挨拶をしたいところだけれど、女王が先だ。鮮やかな青いドレスをまとった少女のような女王に四人で近付き、膝を折る。
「お招きいただき、ありがとうございます」
貴族様式の挨拶ができるようになったのはヒルダのお陰だ。厳しくはあったけれど、きちんと身についたのだな、と胸が温かくなる。
「リラ、元気にしてた?」
「うん」
リラは微笑みもせずにヒルダに返す。
「こちらに来てください。準備はできています」
リラは長い銀髪を靡かせながら、身体の向きを変える。円卓に向かう彼女のアイスブルーの瞳には、にこにこと笑うリリーの姿が映っているのだろうか。兄や親戚にも笑顔を見せない――さすが、『氷の女王』と呼ばれているだけはある。
リラの脇を固めるように、その隣へスチュアートとヒルダが座る。私とクラウはちょうど、リラの真正面だ。私のもう片方の隣にはセドリックが座っており、リリーとは挨拶ができていないままだ。
リラではなく、スチュアートが場を取り仕切る。
「今日は来てくれてありがとう。リラは今日でようやく二十歳だ。今日という日を迎えられたことに、みんなに感謝を伝えるよ」
「リラ、おめでとう!」
隠し持ってきていたのか、ヒルダはクラッカーを破裂させる。紙吹雪がはらはらと円卓に舞う。僅かにリラの眉間にしわが寄った気がした。
スチュアートは目を細め、少しだけ威圧する。
「ヒルダ、退場になりたい?」
「これはプレゼントにならないでしょ! 残るものじゃないんだからさ」
ヒルダは苦笑いをし、クラッカーの筒をテーブルへと置く。それをセドリックがテーブルの下へと隠した。
それなら、私も一緒に持ち込んでいたのに。来年も呼ばれるのなら持ってこよう。心に決めて、満足そうなヒルダを眺める。
みんなが紅茶に手を付け始めたので、私もカップを持ち上げてみる。色はいつも飲んでいる紅茶によく似ている。茶葉の香りと共に柑橘系の爽やかさが漂う。これはレモンティーだ。砂糖を入れておけばよかった、と一口含んだ後で角砂糖をカップに落とした。
「最近、リラができるようになったものがあるんだ。何だと思う?」
スチュアートの質問に首を傾げる。私はリラのことをほとんど知らない。しかも、元々この世界を熟知しているわけではない。何ができて、何ができないかなど、想像する余地がないのだ。
「う~ん……」
唸り声を上げるに留まってしまった。
「側転ができるようになった……とか?」
「そんなこと、俺がさせないよ」
ヒルダの回答に、スチュアートは首を横に振る。
「じゃあ、夜に一人でトイレに行けるようになった……とか?」
「女王が夜に一人歩きなんてしないだろ?」
今度はクラウが答えても、スチュアートは的確なツッコミを入れる。
リラの『できるようになったこと』は、私たちの想像の斜め上を行っていた。
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