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第17章 祝福の讃歌 / 第328話
結婚式まで一週間と迫った頃、私の元にウエディングドレスが届いた。ふんわりとしていて可愛らしい、後ろの裾が長い憧れの白いロングトレーン――試着段階では、まだクラウに見せていない。私とキャサリン、ヒルダの秘密だ。
壁にかけられたウエディングドレスを眺めながら、クラウと初めて逢った日のことを思い出す。
「これ……。俺たちの歓迎の気持ち」
温かな微笑みと共に渡されたのは、肌にひんやりと冷気の伝わる氷のラナンキュラスだった。クラウの存在と結びついていたあのラナンキュラスは、私たちが魔導師を辞めた後、どうなっているのだろう。
まだ、エメラルドの白の片隅で咲いていたらいいな、とブーケのカタログを読み進めていく。すると、そこにちょうど白いラナンキュラスのブーケのイラストが描かれていたのだ。
貴方に初めて逢った日も、そして結婚式という晴れの日も、貴方と一緒にいられて幸せです。そういう意味も込めて、ラナンキュラスのブーケにしてもいいのかもしれない。
「決めた」
ラナンキュラスのページにブックマークを挟み、カタログをそっと閉じる。髪をハーフアップにした時は、カノンと重ねられるのが嫌だった。でも、今はそんなことはない。カノンは私の一部であり、私自身なのだから。少しだけ、そう思うことができるようになった。
クラウも、きっとカノンと重ねるようなことはしない。そうだといいな、と拳を軽く握った。
一週間は結婚式の準備で慌ただしく過ぎてしまった。さらに、刺繍の針も刺したかったのだ。クラウが結婚式で身に付けるハンカチに、カサブランカの刺繍を施す。カサブランカは王家に繋がる一族の象徴――ヒルダにそう教えてもらったので、結婚式に合うだろうと図案を用意した。
今は完成し、テーブルの上で出番を待ちわびている。
朝日を浴びながら、窓の外を見る。教会では鐘がなっているのだろうか。ここから教会なんて見えはしないのに、鳩が羽ばたいたのが私とクラウの幸せを願ってくれているように見えてしまう。
すると、扉がノックされたのだ。キャサリンが顔を覗かせ、微笑む。
「ミエラ、大聖堂に行きますよ。花嫁は一日大変ですからね」
「はい」
メイドたちが壁にかかっていたドレスを下ろし、準備を進める。私もテーブルに近付き、カサブランカのハンカチを手に取った。
キャサリンの後に続いてルーゼンベルク本邸を出る。結婚後はクラウと別邸での生活が決まっているのだ。キャサリンやレオニスと本邸できちんと挨拶を交わすのは、これが最後かもしれない。二人には言葉に言い表せないくらいにお世話になった。レオニスとキャサリンが受け入れてくれなければ、今日という日は来なかった。しかし、レオニスの姿はない。
「あの、お父様は?」
「クローディオと後で行きますよ」
「そうですか……」
昨日のうちに、きちんと挨拶を済ませておけばよかった。僅かな後悔が心に小さな重りを置く。
キャサリンと二人で馬車に乗り込み、街を駆ける。早朝のせいなのか、私たちの結婚式があるせいなのか、人通りはほとんどない。逆に、凛と澄んだ空気が私たちを導いてくれるようでもあった。
結婚式のリハーサルは済ませてある。どこに立ち、どう進んで、どのように誓いを交わすのか、頭には入っているはずだ。控室に再びドレスがかけられたのを、じっと見詰める。
これを着れば、私はクラウの花嫁になる。カノンとリエルが誓っておきながら、成し遂げられなかったもの――それに触れることができる。ドレスに触れることも躊躇われ、ほっと吐息をついた。
「私……」
大丈夫、きっと幸せになれる。だって、一緒に人生を歩いて行く人がクラウなのだから。それなのに、足元が揺れてしまうような感覚になるのは何故だろう。頬に涙が伝う。
椅子に座って私の様子を見ていたキャサリンは小さく笑った。
「あら、ミエラ、マリッジブルー?」
「そうかも……しれないです」
メイドに、頬にハンカチを当てられる。それでも涙は止まらなかった。
「お母様、あの……」
「どうしました?」
キャサリンはちょこんと小さく首を傾げる。
「これ、式が始まる前にクローディオに渡してください」
持ってきたバッグからカサブランカのハンカチを取り出し、キャサリンへと差し出した。それを見ると、アイスブルーの瞳は優しく細められる。
「綺麗な刺繍ですね。よくできていますよ」
言うと、そっとハンカチを受け取ってくれた。
大聖堂の鐘が鳴り響く。式まであと一時間の合図だ。
「さ、ミエラ、準備しますよ。時間が押して、恥じはかかせられませんから」
「はい」
苦手だったコルセットも、逃げずに受け入れた。これから続く幸せに比べたら、腹部が締め付けられるなんてどうってことない。ドレスに袖を通し、化粧もしっかりと施した。髪は巻き、ハーフアップにする。花飾りには、スカイブ湖で買ったあのリボンもあしらってもらった。
私は、全員に祝福してもらえなくても仕方ないと思う。イライザやメイベル、ルイーザのような令嬢も見てきた。誘拐だってされそうになった。恐怖は残っているけれど、私は私でいいのだとクラウに教えてもらったのだから。数人でも祝福してくれるのなら、それだけで嬉しい。
白いラナンキュラスのブーケを持ち、控室を出て大聖堂の前に待機する。その先に、もう会えないと思っていた人も待っているとは知らずに。
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