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第18章 崩壊への道(前編) / 第155話
日付も変わり、ソファーで本を読み耽る。これは――そう、『精霊と龍』という、精霊たちと龍が心を通わせる温かいファンタジー小説だ。読んでいるだけで心が洗われるような気持ちになる。
最終章まではあと二章残っている。最終的に、精霊たちは龍を現代に蘇らせることが出来るのだろうか。ハラハラして仕方がない。
目も疲れてきたし、一度休憩を挟もう。アゲハ蝶の栞を小説に挟み、「ふぅ……」と息を吐き出す。今日の紅茶は、トパーズの南部のものだ。甘みが強く、香りも高い。砂糖を入れずとも美味しく頂ける。
ティーカップに口をつけながらも、耳をそばだてた。どこからか聞き覚えのない、水のような音が聞こえる気がする。
窓の外を見てみれば、窓ガラスが水に濡れている。まさか、そんなことがある筈がない。ここは氷点下の世界なのだ。雨が降るなんて、そんなこと――。
では、街はどうなっているのだろう。窓へと駆け寄ってみれば、思い思いの色に彩られた屋根が露となっている。降り積もった雪は溶けだし、水害となって人々を襲っているのだろう。
俺が何とかしなくては。
「リエル様!」
慌ただしい足音にも気づかない程、俺の心は焦っていたらしい。不意に呼ばれ、振り返る。その勢いのまま、カイルに詰め寄った。
「どうなってるのさ! なんで雨が!」
「それだけじゃ、ないんです!」
「えっ!?」
「津波が……サファイアを襲っています!」
なんてことだろう。何故、もっと早くに気づけなかったのだろう。災害を止めることが出来るのは魔導師だけだというのに。
「津波はどこを襲ってる!?」
「サファイアの東側は壊滅的です。もしかしすると、第二波、第三波で王都にも到達するかもしれません」
「そんな……! みんな逃げられてるの!?」
「あまりに急な津波の襲来だったので、逃げ遅れた方は多数いると思われます」
俺に救える命があるのなら、少しでも力にならなくては。
王都は大陸の中央部にある。国土の半分以上が津波に飲まれるというのだろうか。そんなことは絶対に許さない。
肩幅に足を広げ、意識を集中させる。瞼を閉じ、津波よ去れと念じる。
「リエル様! 駄目です!」
叫ばれ、集中が途切れてしまった。
「なんで止めるのさ!」
「そんなことをすれば、リエル様の命がありません!」
「国の人たちの命を見捨てて逃げるなんて、そんなことは出来ない!」
「この国の人々のために逃げるんです! 自分の身を守れない者が、他人を守れますか!? 魔導師は民の希望なんです! 貴方が倒れたら、希望もなくなるんです! カノン様にも会えなくなりますよ!?」
そう言われては、言い返すことなんて出来ないではないか。確かに、自分の身を守れなくては、他人なんて守れない。声にならない声を発し、家族やかつての友の笑顔を思い浮かべる。ごめん、俺に力がないばかりに。恨むなら恨んでくれても構わない。
振り切れぬ思いを引き摺りながら、ダイヤへとワープする。既にカノンとヴィクト、アリア、それにロイがただならぬ表情で何かを話していた。その場に座り込み、息を荒くしている。
直後にアイリスとサラも光に包まれながら到着した。その顔は真っ青になり、頭を両手で抱えている。
「いや! いや……!」
「アイリス、大丈夫だ。ここにいれば安心だからな」
ヴィクトがいち早くアイリスの感情に気づき、そちらへと向かう。彼がアイリスの肩に触れると、彼女は声を上げて泣き出してしまった。
異変が起きたのは、サファイアだけではないのは明白だ。
「カノンは大丈夫?」
背中を向けるカノンに尋ねると、彼女はこちらに勢い良く振り返る。左腕の袖を捲りあげていくと、肘には擦り傷が出来ており、僅かに血が滲んでいた。
俺よりも早くアリアが腰を浮かせる。
「塗り薬を持ってきます」
言うと、サッと廊下へと走っていく。
残されたカノンは、揺れる瞳で俺をじっと見詰めるのだった。
「サファイアは何が起きたの?」
「水害だよ。急に雨が降ってきて、積もってた雪も溶け出して。しまいには津波まで」
あまりの惨劇に、目を背けてしまいたくなる。俯いたところで、事態は改善してくれない。サファイアに残してきた人たちが無事であることを願うばかりだ。
すぐにアリアは救急箱を手に戻ってきた。軟膏と包帯を取り出すと、丁寧に処置を施していく。
そこでやっと痛みに気づいた。俺も右手の甲に青痣ができていたのだ。どこにぶつけたのだろう。思い返してみても、思い当たらない。カイルは心配そうな表情で、右手を包み込むように湿布を貼ってくれた。
傍では余程混乱しているのか、アイリスがヴィクトに縋りついている。
「揺れたと思ったら、灰が降ってきたの。噴石も落ちてくるし――」
アイリスが話す内容から、ガーネットでは噴火が起きたのだろう。
後の報告では、エメラルドでは大地震が、トパーズでは巨大竜巻が発生したらしい。世界で同時多発的に天災が襲い来るなんて、前代未聞の事態だ。何がどうなっているのだろう。状況が全く分からない。
とにかく、今は自分が落ち着かなくては。とりあえず、いつもの席に座り、頭を抱える。天災の原因がある筈だ。それは何なのか。どうやって取り除けば良いのか。頭の中だけで答えを求め、閃けずに溜め息を吐く。
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