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第14章 すれ違い / 第320話
本当なら、今すぐに会いに行きたい。でも、クラウの心情を考えると、そうはできなかった。
きっと、喧嘩をして胸を痛めているのは私だけではない。クラウも同じなのだ。そう信じたい。
ゆっくりと立ち上がり、自室を目指す。そのテーブルの上には、今日のうちに完成しそうな刺しかけの刺繍があるのだ。
部屋へ入ると、まずは深呼吸をしようと息を吸った。その最中にも、涙は溢れてくる。
「私の馬鹿ぁ~……」
吐く息は言葉に変わり、嗚咽が漏れた。
こんな状態で刺繍ができるはずもなく、溜め息ばかりが部屋を重たくする。今回の喧嘩は明らかに私が悪い。謝りはした。受け入れてくれたのかは分からない。もう私にできることがないのがつらいのだ。
いや、できることなら一つだけある。
「クラウの部屋に……行こう」
もう一度、全力でぶつかって、砕け散ろう。ルーゼンベルクから追い出される最悪のシナリオまで考えて、重たい一歩を踏み出す。
クラウの部屋の扉はいつもよりも大きく、堅固に見えた。思い切り瞼を閉じ、拳を作る。ノックをすると、僅かに間が開いた。
「どうぞ」
返事が来た時には、酸欠になってしまうかというほどに胸が張り詰めていた。
扉を開けると、部屋は暖かいのに空気は凍っている。クラウはちらりとこちらを見ると、すぐに視線を落としてしまう。
「ここに」
クラウが指し示したのは、彼の隣ではなく、対角のソファーだった。元に戻るには、まだ大きな壁がある。絶望に似た恐怖が攻めてきて、思わず生唾を呑んだ。
腰を下ろしても、まともにクラウの顔を見ることができない。話し出せる空気でもない。ただただ俯き、口を噤む。ドレスの上で拳をぎゅっと握ると、視線を感じた。
「……あのさ」
私を見るその目は赤く腫れている。
「俺は、ちゃんと話して欲しかった。ミユが大変なことは無理強いしたくないから。でも、そうできなかったのには俺にも原因があると思う」
言い切ると、銀の瞳からはらりと雫が零れた。
「俺の何が駄目だった?」
「……違うの! クラウは何も悪くないの! 私が勝手にクラウの期待に答えたくて、勝手な行動をしただけだから――」
「俺は……」
その先を言いかけて、クラウは俯いて頭を抱えてしまった。
「俺は、ミユの重荷になりたくない……」
震える声に、胸が締め付けられる。咄嗟にその片腕にしがみついていた。
「あのね、それは無理だよ」
ここは、下手に慰めない方がいい。責めないように、優しく諭すように。
クラウは何も答えない。
「だって、私のために百年も寿命を縮めてきたでしょ? 私をずっと探してくれてたでしょ? それ以上の重荷は、私にはないから。だから大丈夫」
私の瞳からも涙が零れ落ちる。今度は私からの『大丈夫』の魔法だ。
「多少の重荷なら、私にとってはただの砂粒なの。大丈夫」
「……俺、最低だ」
「どうして?」
「前世の時からミユを引き留めてる。俺以外のところに行かないように。今だってそうだよ」
クラウは目を細めて嘲笑する。
「こんなに怖いんだ」
頭を上げたクラウは、震える自分の手を見て何回か瞬きをした。
「それは私も同じだよ。私が謝ってるのを無視しておいて、よく言うなぁ」
「あれは……たまたまタイミングが重なっただけで……」
もじもじと肩を竦めるクラウに、小さく笑ってしまった。安心してくれたのか、クラウの顔にも笑顔が戻る。
「隣に座ってもいい?」
「うん」
改めてクラウの隣に腰を下ろし、にこっと微笑んでみる。やはり、ここにいるのが一番、心地いい。
「白状するとね? フェニックスもアンケート結果を見て閃いたの。でも、フェニックスにしたい理由は、前に話したのと同じ、ちゃんとしたものがあるから」
「神様を超えたいていうやつ?」
「うん。それと、神様から巣立って自立するんだっていう意味も込めて」
クラウは何度かうんうんと頷き、私の話をきちんと聞いてくれる。それがすごく久しぶりな感じがして、視線が自然と遠くを向いた。
「私たちなら、きっと超えられる。自分の道を歩いて行ける。だから」
クラウの片手を両手で包み込んでみる。その手はしっとりと汗ばんでいた。
「これからもよろしくお願いします」
「うん。よろしくお願いします」
改めてこんなことを言うのは初めてだ。また、互いの知らなかった部分を知れた気がして、胸が綻んでいく。
「今日は離れないんだからね~」
「俺だって離したくないよ」
そう思ってくれるだけで嬉しい。クラウの身体に自分の身体を預けると、彼は重なっている私の手にもう片方の手も乗せた。
「こんなに派手に喧嘩したのって、二回目だっけ」
「うん、そう~」
一回目は、危険な場所には連れていけないとクラウが私を突っぱねたのだ。その時は私もめげずについていくと意地を張り、結果的にクラウに置き去りにされた。
「懐かしいなぁ」
「すごく昔のことみたいに感じるね」
「うん」
これからも、こんなふうに喧嘩をすることがあるのだろうか。もしそうだとしても、また仲直りができるならいいか、と考えてしまった。だって、一度目の喧嘩も、今回の喧嘩も、得るものは大きかったのだから。
窓の外を見てみれば、牡丹雪がはらはらと舞い降りてきていた。まるで、私たちの愛情が折り重なっていくかのようだ。
「大丈夫だよね、私たち」
「うん。きっと大丈夫」
にこりと笑うクラウの赤い目は、まだ喧嘩の名残を抱えていた。
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