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第14章 すれ違い / 第319話
気まずい空気が流れ、早々にクラウは部屋から出ていってしまった。やはり、アンケートなんてしなければよかった。
次の日になっても謝る機会は訪れない。朝食は別々の時間に摂ってしまった。趣味になっている刺繍の手も進まず、クッキーをちまちまと食べる。食べ物をストレスの捌け口にしてはいけないことくらい分かっているのに。
皿が空になってから、ようやく手は止まった。
「食べちゃった……」
昼食はあまり進まないかもしれない。テーブルに突いた片手に顎を乗せ、大袈裟に溜め息を吐いてみる。
とにかく、今は仲直りする道を探そう。素直に謝れば、クラウも許してくれるかもしれない。
いてもたってもいられず、気付いた時には廊下に飛び出していた。一直線にクラウの部屋へと向かう。そこへ偶然、リアナが通りかかった。
「ミエラ様、どちらへお出かけですか?」
「ちょっとクローディオと話がしたくて」
「クローディオ様なら、外へ向かわれましたが」
「えっ?」
散歩にでも行ってしまったのだろうか。期待しただけに、胸が鈍く傷む。がっくりと肩を落とし、来た道を引き返す。リアナに心配そうな顔を向けられたけれど、自分のことで精一杯だ。
部屋へ戻ると、テーブルに突っ伏した。
「なんで~? ねえ、なんで~?」
こんなことなら、怒られた方が気は楽だったのに。やりきれなさに、涙が出てきそうだ。
昼食の時間になり、ダイニングへと向かう。扉を開ければ、そこにクラウの姿はなかった。レオニスとキャサリンが穏やかに談笑している。
「こんにちは」
ぽつりと呟き、いつもの席に腰掛ける。
「ミエラ、元気がないな。何かあったのか?」
「ちょっと……」
レオニスの問いに、言葉を濁らせる。素直に言ってしまった方が、気持ちを吐き出せるのに。言葉が喉に詰まって、声として出てきてくれない。
口を噤む私に、レオニスとキャサリンは苦笑いをする。
「クローディオと喧嘩でもした?」
図星だ。ううん、喧嘩よりも質が悪い。何も言えず、視線を落とすしかなかった。
間を置き、再び扉は開かれた。クラウがやってきたのだ。振り向いてみても、こちらに微笑んではくれない。
「クローディオ、ごめ――」
「父さん、氷像の題材が決まったよ」
私の言葉を聞きたくなかったのだろうか。微笑むどころか、目も見てくれない。
「そうか。何にしたんだ?」
「フェニックスかペガサス。明日、スチュアートとグラントリーに話を持っていくよ」
「ああ。頼んだ」
レオニスも私たちの喧嘩を知ってもなお、間に入ってくれない。隣に座ったクラウとの間には、とてつもなく高い壁が築かれているようだ。
完全に謝るタイミングを逃してしまった。溜め息を吐くわけにもいかず、唇を噛み締める。
用意された食事の香りも分からなくなり、なんとなくそれを眺めてみた。ペスカトーレ、だろうか。せめて、美味しく食べられたらいいな、とフォークを手に取った。
「そうだ。今日、散歩に行ったらさ、もう街路樹に飾りがしてあったよ」
「そうか。あと一ヶ月、か」
「あの子も頑張っていますからね。少しでも慰めになればいいんですけれど」
三人の会話を流し聞きしながら、口の中の物を飲み込む。
味が分からない。
「お前一人で散歩に行ったのか? 珍しいな」
「うん。たまたま、そんな気分だったから」
家族の中で私だけが浮いているような気がする。ただひたすら、食を進めるしかなかった。
私が会話に入れないまま、クラウは椅子から立ち上がる。
「そろそろ部屋に戻るよ」
「ん? ほとんど食べてないじゃないか」
「うん。食欲ない」
私のことをちらりとも見ず、クラウは無言でダイニングを出ていってしまった。キャサリンは小さな溜め息を吐く。
「せっかく、ミエラが謝ろうとしてたのに。無視することもないじゃない」
「まあ、このくらいで関係が終わってしまうなら、それまでってことだろう」
「レオニスも冷めてるんだから。終わってしまったら、ミエラのいく場所がなくなるっていうことですよ?」
「それは困るな」
そう言っておきながら、レオニスは小さく笑う。
「私とキャシーもそんなことがあっただろう? 心配をする必要はないよ」
「そうですけれど……」
何かを考えた後、キャサリンもふふっと笑った。
「懐かしいですね」
「うん」
仲睦まじい義両親に口を出したくはない。ナプキンで口を拭い、私も静かに立ち上がった。
「ご馳走様でした」
「ミエラも行くのか?」
「はい」
頷くと、逃げ出すようにダイニングを後にした。
一人になったせいなのか、涙が溢れてくる。結婚への一番の壁は自分自身だと思っていた。それなのに、今はクラウ自身が遠ざかっている。そのまま、その場にうずくまってしまった。
そこへ足音が近付いてくる。少しだけ顔を上げてみると、茶色の革靴に紺の上質なズボン――今日のクラウの服装だ。
「……待って!」
考えるよりも前に、そのズボンの裾を掴んでいた。その足が止まる。
「ごめんなさい。それだけ言いたくて……」
ぱっと手を離しても、歩き出す様子はない。
「……後で俺の部屋に来て」
それだけが聞こえると、クラウは横を通り過ぎていってしまった。振り返ってみると、その後ろ姿は哀愁を帯びており、俯いているようでもあった。
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