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第13章 代償 / 第135話
何故、あんな夢を見たのか、俺にも分からない。ただ、父と母の顔が懐かしかった。
もう二度と会うことはないだろうな、と思い出を胸の中へと封じた。
ベッドに横たわったまま時計に目を遣ってみれば、時刻は五時半――カーテンの隙間からは朝日も差し込んできている。
多少早いかもしれないが、神から時間は指定されていない。今、行ってしまっても良いだろう。
何より、ミユの寝顔を見ておきたかった。危険かもしれない場所へ赴く前に、せめて彼女の安らかな顔だけでも――。
むくりと起き上がり、テキパキと着替えを済ませた。持ち物は何も要らない筈だ。頑張れ、俺、と自身を鼓舞し、震える拳を握り締める。
ワープはせずに、廊下へと足を運ぶ。
本当なら、誰にも会わずに塔へ向かった方が良いのだろう。それなのに頭の中からミユを追い払おうとすればする程、ミユの顔が浮かんでくる。触れたくなってくる。その欲求を満たそうとするかのように、足はミユの部屋へと向かっていた。
早朝に自室を出たのは、目覚める前のミユを一目見るためでもあるのだ。
音を立ててしまわないようにドアノブに手を掛け、ゆっくりと回す。徐々に視界が開けていき、ミユの部屋の中が目に映る。彼女は前髪が少し隠れる程の位置まで布団を被り、安らかな寝息を立てていた。それに合わせて布団も小さく上下する。音を立てないように、起こしてしまわないように、慎重にベッドへと近付いた。
「寝てる……?」
反応がないということは、熟睡しているのだろう。布団に隠れていて、その顔が見られないのは残念だ。
「行ってくる」
代わりに、温もりを求めてサラリと頭を撫でてみる。焦茶の滑らかな髪が指をすり抜けていく。
笑顔を向け、踵を返そうとした時だった。服の裾が何かに引っ張られたのだ。
「えっ!?」
驚いてそちらを見てみると、ベッドから腕が伸びてきており、その手でがっしりと俺の服の裾を掴んでいる。
まさか、ミユは起きていたのでは。嫌な予感は現実となってしまう。
顔を覆う布団に手を伸ばし、ゆっくりと捲っていく。険しい顔つきで俺を見るミユの姿がそこにはあった。
「嘘だ……」
こんなことになるなら、ミユに近づかなかったのに。全ては俺の見通しの甘さのせいだ。
頭を抱えてみても、もう遅い。
ミユは小さな声で、しかしはっきりと疑問を口にする。
「どこに行くの?」
「い、いや……」
「どこ?」
言える訳がない。言ってしまえば、確実に着いてくるだろう。
神には一人で来るように言われている。それ以前に、危険があるのなら、絶対にミユを巻き込みたくはない。
なのに、ミユは一層、服を握る手に力を込める。
「私も……一緒に行く」
「それは絶対に出来ない」
「何で?」
「危険かもしれないんだ。ミユを連れていく訳にはいかないよ」
首を横に振ってみせても、ミユは目を吊り上げるばかりだ。
「私は、クラウにも危険な目には遭って欲しくないの!」
言われ、言葉を失ってしまった。
俺は自分のことしか考えていなかったことに気づく。ミユがそこまで俺の身を案じてくれるとは思ってもいなかったのだ。
ミユは緑の瞳で俺を捉えたまま、ゆっくりと身体を起こす。
その気持ちは嬉しいが、素直に受け取ることは出来ない。ここで、俺は最低な考えを閃いてしまった。
「……分かった、一緒に行こう」
一緒に行くと見せかけて、置き去りにしてしまえば良いのだ。幸い、行き先までは知られていない。逃れられるチャンスはまだある。
苦笑いをし、溜め息を吐いた。ミユの表情も和らいだ気がした。
「ちょっと俺の部屋に寄っても良い?」
「うん」
ミユは片手で俺の服の裾を掴んだまま、器用にもう片方の手でブーツを履く。
一生懸命な姿も可愛いな、と苦笑いを零してしまった。
「じゃ、行こっか」
「うん」
何とかいつもと同じように笑い掛けると、ミユも大きく頷く。
二人で連れ立って、廊下へと出た。静かな廊下を無言で歩く。互いの足音だけが廊下に響く。
大丈夫だ、きっと上手くいく。この納得感は何だろう。ミユを傷つけようとしているのに。罪悪感もが湧いてきて、手が汗ばみ始める。
すぐに自身の部屋へと着いてしまった。あとはバレないように嘘を吐くだけだ。
ミユの方へと向いてみると、不安に揺れる顔が返ってきた。そんな顔をされると、決意が鈍りそうになる。意を決して膝を折り、ミユと目線を合わせた。
「ちょっとここで待ってて」
「嫌。一緒に行く」
そう言うだろうと思っていた。早鐘を打つ心臓を気にしながら、無理やり口角を上げる。
「俺の着替え、見たい?」
「えっ!? う、ううん、ごめんなさい」
ミユはパッと俺の服から手を離し、顔を熟れたトマトのように真っ赤に染める。いたたまれなくなったのか、そのまま両手で顔を隠してしまった。
「ちょっと行ってくる」
ミユに微笑みかけ、自室へと飛び込んだ。間を置かずにドアを閉める。
服の裾を見てみれば、そこにはミユの力でしわが広がっていた。必死に俺を止めようとしてくれたのに。やはり、俺は最低なことをしてしまった。
「俺の方こそ……ごめん」
しわになった部分を、愛しさのあまりに強く片手で握り締める。
俺の気持ちが、ミユの心の傷が無駄にならないように、すぐさま瞼を閉じて水の塔へと転移した。
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