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第15章 抵抗 / 第143話
俺の部屋にはカイルも泊まることとなった。いざとなった時に、近くにいた方が護衛出来るから。そう言われた。
カイルには、まだ解呪の剣の存在は伝えていない。何度も俺の死に際に立っていたのだ。その心中を察すると、言うに言えなかった。
カイルが部屋へ入ってくる前に、解呪の剣をクローゼットに押し込めた。あとは見付からないことを祈るのみだ。
静かに夜は更け、朝が訪れる。
鳥の鳴き声と共に起床すると、カイルはティーカップに紅茶を注いでいるところだった。
「もうそろそろお目覚めかと思いまして。朝の一杯いかがですか?」
「うん、いただくよ」
ふわあと欠伸をし、ナイトウェアのままで席に着いた。瞼を擦り、紅茶の香りを楽しむ。
今日の茶葉はエメラルド北部のものだ。培われた知識がそう告げる。
「カイル、今日の予定は?」
「八時に会議室で朝食、九時半から魔法の特訓です」
いつもの調子で朗らかに言う。
時計を見てみれば、時刻は七時半――もう少しだけ、二人でのんびり出来るだろう。
「カイルはさ」
呟いてみると、カイルはこちらを見たまま小首を傾げる。
「影を倒せたら、何をしたい?」
「そうですねぇ……」
カイルは顎に手を当て、神妙な顔付きになった。
「いつも通りが一番ですよ。クラウ様のお世話をして、たまに自分の時間が持てれば言うことはありません」
「そっか……」
その日常には、俺の存在も含まれているらしい。きっとカイルも俺の帰還を望んでくれている。ミユのためとは言え、やはり死ぬ訳にはいかない。再確認し、細い息を吐いた。
しかし、カイルは不安げに口を震わせるのだった。
「まさか、負けるおつもりじゃありませんよね?」
「絶対に勝ってみせるよ。もう、あんな想いはしたくない」
「そうですよね……。すみません」
いや、謝らなければいけないのは俺の方なのだ。あんな想いをしたくないがために、自分の命を投げ出そうとしたのだから。
温くなる前に紅茶を飲み干し、席を立った。カイルにクローゼットを漁られる前に、自分で今日の衣服を適当に取り出す。
すぐに着替えも終わり、カイルと顔を見合せた。
「それじゃあ、朝食を食べに行きましょうか」
「うん」
いつまでもカイルに黙ったままではいられない。いつ、解呪の剣の存在を明かせば良いのだろう。部屋を出る前に、今一度クローゼットに一瞥をくれた。
* * *
「んじゃ、この蔦からこっちがオレら、あっちがオマエらの練習場な」
俺とミユ、アレクとフレアが対面し、頷き合う。境界線は、先日ミユが魔法で出した巨大な蔦が目印だ。
アレクはニカッと笑い、腰に手を当てる。
「正午には使い魔たちが呼びに来ることになってるからな。お互い頑張ろーぜ」
手を振り合うと、アレクはフレアを顧み、俺たちに背を向けた。
この数日の成果が戦いの行方を左右する。そう思うと緊張せずにはいられない。肩を震わせ、拳を握った。
「じゃあ、俺たちも行こっか」
「うん」
ミユも頷いてくれ、俺の半歩後方を歩く。
「あのさ」
「何~?」
「いや……何でもない」
「リエルとカノンの気持ちは、一旦置いておこう。俺たちがどう進むか、それだけ考えよう」そう言おうとした。
だが、よく考えてみれば、カノンのリングを身につけてくれたとはいえ、まだ想いを確かめ合ってはいない。俺の気持ちだけが先行するのは良くないと思ったのだ。
未来の自分を、ミユはどう思い描いているのだろう。
「それより、呪いが解けて、影を倒せたら、ミユは何がしたい?」
カイルに聞いたのと同じ調子で、ミユにも聞いてみる。
何か思う所があったのか、数秒間が空く。
「皆とのんびりしたい」
ミユから返ってきた言葉はそれだった。
皆――そこには俺も入っているのだろうか。今後の展開次第では、俺はその場にいないかもしれない。申し訳ない気持ちが溢れてくる。
「そっか。きっと叶えてみせよう」
「うん」
何とか取り繕い、微笑んでみせる。ミユもにこっと笑ってくれた。
「そろそろ良いかな。こっちに向かって魔法を使えば、アレクとフレアを巻き込む心配はないし」
俺たちが向いている方向には、建物や人気は全くない。ただ草原が広がっているのみだ。
俺が足を止めると、ミユも揃って立ち止まる。
「じゃあ、最初に的当てから始めよっか」
「的当て?」
「うん。ちょっと待ってて」
昨夜、どうやって特訓しようか考えたのだ。相手は機敏に動く。しかも、瞬間移動が出来る。これが出来なければ、影に太刀打ちは不可能だ。
大地に右手をかざし、五十メートル程先に氷柱が出来る所を想像する。大きくもなく、小さくもなく、影の身長ほどのものを。
造作もなく、想像通りの氷柱は出現した。
「あれに岩を当ててみて。ただし、あの氷柱と同じ大きさまでの岩で、ね」
自信が無いのか、ミユは不安そうに両手を握り締める。
「大丈夫。イメージを膨らませてみたら良いよ。あの氷柱を岩が貫くところ」
ここで諦めるのなら、魔導師失格だ。
ミユは右手を地面へと翳かざす。間もなく地鳴りが響いた。氷柱の二倍程の大きさの岩柱が、氷柱の手前に出来上がった。
「嘘~……」
ミユは眉をひそめ、口を尖らせる。
「まだコントロールが難しいのかな。ここから少しずつ近付けよう」
肩を落とすミユに、まだ終わりではないことを伝えた。特訓だって始まったばかりだ。何度でもやり直しは出来る。ミユは大きく頷き、再び右手を大地へと向けた。
今度は岩柱が氷柱の後方に、二分の一程度の大きさで出現する。まだまだ成長には時間がかかるのだろうか。
「難しい……」
自信をなくしてしまったのだろう。ミユは膝を抱えてしゃがみ込んでしまった。
一年程前の出来事が思い出される。俺もアレクとフレアに魔法を教わったのだ。氷柱が途中で水柱になってしまったり、大きさだってコントロールが難しかった。
あの時、アレクに何と言われただろう。
「オマエの魔法は変幻自在なんだ。それを長所とするか、短所とするか……まあ、オマエの見方次第だけどな。オレはオマエの魔法が羨ましいぞ」
確か、そんなこを言われた気がする。
何とかミユを励まさなくては。
「諦めちゃ駄目だよ。ミユの魔法は特別なんだ」
「特別?」
「うん。俺たちの中で唯一、命を咲かせられるから。あの蔦だってそうだよ」
振り向いた先には、巨大な蔦がそびえている。あの蔦だって、命あるものだ。俺たちの中で、ミユにしか出来ない芸当だ。カノンがこなせていたのだから、ミユも必ず出来る。
そういえば――と、一年前に思いを馳せて思い出した。
塞ぎ込んでいたうちに、二十歳の誕生日を迎えてしまったらしい。
特別な日と言われればそうなのだが。また来年、ミユと迎えられるならそれで良い。もう一度、特別な想いを増やそう。生きる希望がまた一つ生まれた。
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