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第7章 渦 / 第349話
サフィールは小道に入ることなく、大通りを疾走する。夜中に出歩いている者は少なく、隠れられそうな場所もない。二つの足音とサフィールの息遣いだけが嫌に耳に残る。
眼前に門が見えてきた。そこにはトファーとガルニアらしき人の姿がある。私たちが追われていると知ったのか、二人はこちらに向かって来た。
「トファー! ガルニア! こっちじゃない! 門の外を目指せ!」
「でも、後ろのヤツをどーにかしねぇと!」
「俺がやるから! ……エルヴァ、ごめん」
サフィールが優しく言葉を添えると、私を支える腕の力が弱くなっていく。そのまま大地に滑り落ちてしまった。
無茶はしないで。そう願っても届かない。サフィールは追っ手の方へと踵を返し、回し蹴りを食らわせる。鈍く光る何かが追っ手の手から零れ落ちた。間髪入れず、サフィールはもう一度、鋭い蹴りを入れた。追っ手はしゃがれた声で悲鳴を上げ、顔は一瞬で青くなる。
「エルヴァ、大丈夫か!?」
今度はトファーに背負われ、サフィールの姿を確認出来なくなってしまった。
「ガルニア、走れ!」
「う、うん!」
乱暴に声を張るトファーに、ガルニアは大きく頷く。サフィールの名前が入っていない。まさか、置いて行くつもりでは――。
「サフィール!」
無我夢中でその名を叫んでいた。
「大丈夫、後ろにいるよ」
直後にサフィールの声が聞こえる。追っ手はどうなったのだろう。サフィールに怪我はないだろうか。視界に入れられないため、確認はできない。
門では騎士が二人で私たちを立ち塞いでいた。剣まで持っている。丸腰の私たちが敵う相手ではない。
「レヴィス殿下の命だ。ここは通せない」
騎士が低く唸るのに、トファーの足は止まらない。それどころか、前方から声が聞こえたのだ。
「トファーさん! ガルニアさん! 武器を渡すよ! サフィールさんは……持ってるな」
オーリの声だ。騎士の頭上をすり抜け、剣が二本こちらに放り込まれた。それをガルニアは臆することなく取る。
「エルヴァ、振り落とされんなよ!」
返事をする代わりに、トファーの首に回して手をぎゅっと握る。トファーも雪に刺さった剣を片手で拾い、騎士へと振り被った。
「悪ぃけど、オレらも命を懸けてんだ。ここで終わるわけにはいかねぇんだよ」
トファーはオーリと対峙していた騎士を目がけて、一撃を振り下ろす。それは兜に当たり、重たい音と共に騎士は崩れ落ちた。
「死んじゃったの……?」
「いや、気絶してるだけだろ」
これは、よかったと言っていいのだろうか。ガルニアとオーリがもう一人の騎士と対峙している横を、トファーと私はすり抜ける。
「先にダイヤに行ってる!」
それだけを残し、トファーは猛然と門を抜けた。そのまま森の中を突き進む。見えてきたのは、ダイヤモンド・ブスカール号の船体だ。タラップは降りており、その奥には人影がある。
「ラジエル! エルヴァを休ませてやってくれ!」
「トファーはどうするおつもりですか?」
「三人を迎えに行く!」
トファーは乱暴に私を下ろすと、再び森の中へと姿を消してしまった。
私がちゃんと戦えたなら、ちゃんと動けたなら、ここまで苦戦しなかったかもしれないのに。私を見詰めるラジエルの顔が涙で歪んでいく。
「エルヴァは何も悪くありませんよ。こうなると分かっていて、みんなも連れ出したんですから」
「でも……」
「そんなに言うのでしたら、次の目的地までには元気になっていてくださいね」
もう同じ思いはしたくない。私が小さく頷くと、ラジエルは私の手を取って立ち上がらせてくれた。無言のまま会議室に入り、円卓に腰掛ける。
ラジエルは紅茶を用意して待っていてくれたようだ。ポットからティーカップに茶色の液体を注ぎ、にこっと微笑む。紅茶の香りはあまり強くない。
「これ、今日の分の栄養剤です」
そして、私の手の平に数粒の錠剤を落とす。躊躇うこともせずに口の中に放り込み、水で流し込んだ。
ラジエルは私の隣に座り、自身のティーカップに角砂糖を落とす。
「安い茶葉ですから。砂糖を入れると、お菓子みたいに美味しくなりますよ」
「うん……」
私とラジエルだけ、こんなところで、こんなことをしていてもいいのだろうか。汗を掻いてしまった手で、ぎゅっとこぶしを握る。
ふと、ラジエルが呟いた。
「飲まないんですか?」
「ラジエルは……みんなが戦ってるのを、何とも思わないの?」
責めたいわけではない。ただ不思議なだけだ。
ラジエルは苦笑いをした後、首を横に振る。
「僕は、みんなを信じてるだけです。ちゃんと無事に帰ってくるって」
言われて、私も小さな声が漏れる。そういう考えができるのか、と。戦場へ向かえなくても、ラジエルは自分にできることをしようとしている。自分なりに戦っている。
私の中で、何かが変わったような気がした。
「そう……だよね。私が元気になることが、今の私にできる一番の戦い方」
私も紅茶に角砂糖を一つ落とし、スプーンで混ぜる。口に含むと、甘い雑味の多い紅茶が心の靄を取ってくれるような気がした。
「エルヴァ! ラジエル! 帰ったぞ!」
タラップの方からトファーの声が聞こえた。慌てて立ち上がり、廊下を駆ける。そこには疲れ切った表情のサフィール、トファー、ガルニア、そしてオーリが座り込んでいた。
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