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第7章 渦 / 第350話
ラジエルは私を追い抜き、四人に駆け寄る。
「怪我をした方はいませんか?」
「トファーが、ちょっと」
息を切らしながら、ガルニアがトファーをちらりと見遣った。
「こんなもん、掠り傷だ」
「掠り傷でも、放っておけば命取りになりかねません」
ラジエルは手にしていた救急箱を開け、怪我の応急処置セットを取り出す。トファーの赤が滲んだ左の上腕にガーゼを押し当て、慣れた手つきで包帯を巻いていく。
トファーは僅かに顔をしかめながら、オーリの方を見た。
「オーリ! ダイヤを出せ!」
「わ、分かった!」
オーリはよろめきながら立ち上がり、操縦席を目指す。私に何かできることは――そうだ。
「みんな、ちょっと待っててね!」
私にできることだって、小さいけれどある。キッチンにまっすぐ向かい、トレーを手に取った。人数分のグラスをそこに並べ、水を注いでいく。
慎重に持ち上げると、溢さないように、それでも急いで来た道を戻る。その途中で、ダイヤが空へと舞い上がった。足をどうにか踏ん張り、艇の揺れに耐える。そのまま駆け出し、四人がいる場所へと戻った。サフィール、ガルニア、トファーへ順に水を渡し、その行方を見守る。
三人は一気に水を飲み干すと、深い息を吐き出した。サフィールは額の汗を拭いながら、にこっと微笑んだ。
「エルヴァ、ありがとう」
「ううん」
今の私にできることと言えば、これくらいなのだ。首を横に振り、口角を上げてみせた。
手当てを終えたのか、ラジエルは立ち上がって締まったハッチに背を向ける。
「オーリの状態も見てきますね」
「ああ、頼んだ」
トファーが頷いたところで、私もラジエルにもう一つのグラスを押し付けていた。
「これ、オーリの水」
「ありがとうございます」
ラジエルもそっと微笑み、操縦席の方へと消えていった。ドアの開閉音が聞こえ、廊下は静まり返る。
トファーは頭を掻き、苦笑いをした。
「寝るっつっても……この状態じゃ無理だな」
「うん、もう少し休憩してからじゃないと」
ガルニアも胸に両手を当て、深呼吸を繰り返している。
「俺……ちょっと確かめたいことがある」
サフィールの呟きに、胸がざわついた。きっと『あれ』のことを言っているのだ。トファーとガルニアが知らないあれの存在――私も気になって仕方がない。
「ねえ、会議室で一緒に読もう?」
「うん」
確かめるまでは眠気なんてこないだろう。
私とサフィールで話をまとめると、トファーは眉をひそめ、ガルニアは首を傾げる。
「何の話だ?」
「これ」
サフィールは迷うことなく、腰ポケットからクローディオの日記を取り出した。刻印された文字を見ただけで、トファーの顔は青くなり、ガルニアは手を震わせ始める。
「おい……! どうすんだ、これ!」
「返してこようよ……!」
ガルニアの言う通り、私も返してあげたい気持ちは山々なのだ。しかし、ルーゼンベルクは愚か、サファイアの城下町にも入れはしないだろう。
「返せるようになったら、ちゃんと返すから。それまでは大事に持ってるつもり」
サフィールは言い切ると私の手を取り、すっと立ち上がる。
「トファーとガルニアはどうする?」
「……読ませてもらおうじゃねぇか」
どうやら覚悟が決まったらしい。トファーとガルニアは頷き合うと、二人とも険しい表情で腰を上げた。
会議室の円卓に揃うと、テーブルに置いた日記に視線が集中する。
「開くよ」
サフィールの声は凛と澄んでいるのに、その手元は小刻みに震えている。
一ページ目は一般的な日記とは少し違っていた。日付の類が書いていない。美しい達筆だったので、今年の目標は――なんて書いてあるものかとも思った。
* * *
ミエラが先日亡くなった。アレックスとフローリアももういない。これは俺が自分を見失わずに俺であるための記録だ。
* * *
全く幸せな内容ではない。文字から目を離せない。
「ねえ、アレックスとフローリアって……?」
「確か……アレックスは最初の風のトライドール、フローリアは最初の火のトライドールだったはずだよ」
私の問いに、ガルニアが答えてくれる。
サフィールは無言のまま、日焼けした紙を丁寧に捲った。
* * *
九月三十日
こうなることは分かっていた。神が警告してくれていた。それなのに、ぽっかり空いたこの心は何だろう。俺はクリスティーンとミハイルの父親として、残り一年でできる限りのことをしてあげなくてはいけないのに。
十月七日
ミユはカノンやリエルと会えただろうか。ミユは天国でも笑って過ごせているだろうか。俺がそっちに行ったら、ミユは俺を抱き締めてくれるかな。
十月十五日
久しぶりに家族三人で笑った。ミハイルが子犬を拾ってきたのだ。白くてふわふわで、わたあめみたいな子だ。この子はミハイルの命名でホイップになった。俺の代わりに、ホイップがこの子たちの成長を見届けてくれるだろう。
十月十六日
ホイップがクリスティーンを噛んだ。クリスティーンは大泣きしたが、甘噛みだったのだろう。血の出るような怪我はしていなかった。ミハイルがホイップに説教をしていたが、子犬には何のことか分からないかもしれない。それより、姉を守ってくれたミハイルを誇りに思う。
* * *
「神……?」
サフィールが首を傾げる。
まるで、神とクローディオが対話していたかのような内容なのだ。神と話せるなんて、そんなことがあるはずがないのに。しかも、自分の寿命まで知っていたかのような口振りだ。この人は何者なのだろう。本当に、ただのトライドールなのだろうか。得体の知れない不気味さが日記から漂っている。
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