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第7章 渦 / 第351話
サフィールは首を横に振り、さらに日記に手を伸ばす。
* * *
十一月十五日
今日は俺の誕生日だった。パーティーには去年、ミユがプレゼントしてくれたフォーマルスーツを着ていった。会場には何とも言えない空気が漂っていたが、俺は別に構わない。ミユがいた痕跡すら残せない家の方が嫌だ。
十一月二十日
姉さんが後妻を、と言ってきた。もちろん、俺は断った。後妻を迎えたところで俺は愛せないし、愛してもらえる頃には俺はこの世からいなくなっているだろう。
十一月二十一日
今日はクリスティーンとミハイルと一緒に雪だるまを作った。魔法で出すのは簡単なのに、魔法なしだとやっぱり疲れるな。去年、ミユが子供たちとよく雪遊びをしていたのを思い出す。子供たちの中には、今も笑顔のミユが残っているのだろう。
十一月二十二日
やはり寂しい。神はどこまで残酷なのだろう。ミユと一緒に俺も連れていってくれればよかったのに。
* * *
十一月二十二日は文字が乱れていた。
鼻を啜る音が聞こえてきたので隣を見てみると、サフィールが静かに涙を流している。
「オマエ、なんで泣いてんだ?」
トファーは目を丸くした。一方で、サフィールは首を横に振るだけだ。
「分からない。分からないけど、すごく虚しいんだ」
私にもサフィールに似た感覚が残っている。でも、私はただ虚しいではなく、悲しいのだ。何が、と聞かれると、これも答えられない。
「読むのやめる?」
ガルニアが遠慮がちに聞く。サフィールは日記に伸ばす手を引っ込めようとはしなかった。
「……俺は見届ける。何が書いてあっても、俺が読まなきゃいけないんだ」
「エルヴァ、私の代わりに見届けてあげて」
サフィールの声に続けて、誰か女性の声が聞こえた。きっと、夢で見たあの人の声だ。
「ミユ?」
小さく呟いてみても、返事はない。代わりに、三人に怪訝そうな目を向けられてしまった。
「ごめんなさい、何でもないの。続けて」
「……うん」
サフィールはもう一枚、ページを捲る。
* * *
十二月七日
ホイップが俺の部屋に入ってきた。泣いているところを見られた。顔を舐められた。でも、ホイップでよかったのかもしれない。クリスティーンとミハイルには、俺が泣いているところは見せられない。
十二月十日
ミハイルがミユの部屋で泣いていた。どうしていなくなったのか、と。俺は何も答えられず、頭を撫でてやることしかできなかった。不甲斐ない父親でごめん。
十二月十二日
今日はクリスティーンの誕生日だった。娘の誕生日を祝えるのは、これが最後かもしれない。ミユに似て、可愛くて、頼りになる女の子に育ってくれてありがとう。
十二月十六日
クリスティーンが高熱を出した。誕生日に外遊びをして、雪を被ってしまったのが原因かもしれない。どうか、早く元気になってくれ。
* * *
ここでページがまたがっている。早く続きを読みたい。急かすようにサフィールを見てみると、彼も小さく頷いて日記を捲る。ガルニアが小さく「あっ」と漏らしたけれど、聞かなかったふりをした。
* * *
十二月二十日
ようやくクリスティーンの熱が引いた。よかった。ミユみたいにいなくなってしまったらどうしようと本気で悩んだ。涙が出る。
一月二日
クリスティーンとミハイルと一緒に新年のプレゼントを買いに行った。クリスティーンは年頃の女の子らしくラナンキュラスのバレッタ、ミハイルは蒸気船の模型を買っていた。いつまでも大事にしてくれたらいいな。
一月四日
空咳が続いているとは思っていたが、咳に血が混じるようになってきた。ミユと同じ症状だ。残りの時間で、俺はクリスティーンとミハイルに何ができる?
一月七日
……俺はミユを引き摺るのをやめようと思う。残される家族が何をして欲しいのか、それを聞く方が大事に思えてきた。ミユ、ごめん。もう少ししたら、二人でちゃんと話をしよう。
* * *
白紙のページが続いた後、最後のページを捲る。そこには日付はなく、ただ「ミユ、愛してる」その一言が大きく書かれていた。
こんな日記を見せられて、何かを言えという方が間違っている。一人の男性が、たった一人の女性を愛し、子供たちを愛し、儚く散っていった。その事実が私の胸を締め付ける。
しかし、疑問が多く残るのも確かなのだ。
神の存在、寿命、魔法――ううん、最初のトライドールは最後の魔導師でもあるから、そこは問題ではないか。あとは――。
「ねえ」
そこまで考えて、ガルニアが声を上げた。
「神様のことも気になるけど……どうしてカノンとリエルの名前が出てくるの? あの二人って、六百年前の魔導師でしょ? ミユはカノンやリエルに会えたかなって、どういう意味?」
「私たちに聞かれても……」
何がどうしてこういう言葉が出てくるのか、さっぱり分からない。この日記のせいで、謎が大きくなってしまっただけだ。
トファーが唸り声を上げながら考え込む中で、サフィールは突然立ち上がる。椅子を直し、無言のまま会議室を去ろうとした。そこへトファーが視線を動かす。
「おい、サフィール。どこ行くんだ?」
「部屋でもう一回、日記を読み直す。何か分かればいいんだけど」
そのままサフィールは揺れる瞳で私たちを眺め、部屋を出ていった。ミユの日記を合わせても、答えが出るような謎ではない。
「トライドールって……何?」
私の呟きは部屋中に広がり、渦となって私たちを飲み込んだ。
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