読み込み中...
読み込み中...
第10章 覚悟 / 第307話
真っ先に思い浮かんだのは、嬉しいでも懐かしいでもなく、寿命のことをどう伝えよう、だった。ぼやける視界の中で、便箋を持ったまま呆然とする。
「……ミユ?」
結婚したばかりで、猫も飼い始めて。そこからの寿命告知は、あまりにも残酷すぎる。
「どうしたらいいんだろう……」
伝えないままでいたなら、きっと二十年後に後悔する。伝えたなら、気持ちは晴れる、のだろうか。
「伝えようよ」
クラウは柔らかな声で囁き、微笑む。
「ミユさ、前に言ってくれたよね? 四人でいたら喜びは四倍、悲しみは四分の一だって」
確かに、魔導師だった頃に言った覚えはある。でも、それを今、持ち出してもいいのだろうか。
「逆の立場だったら、ミユはどうして欲しい?」
「私は……」
私は皆に隠しごとはしないで欲しい。気軽に頼って欲しい。アレクとフレアの手紙にもそう書かれている。ならば、答えは一つ――。
「……そう、しよっか」
今の気持ちを上手く伝えられる自信はあまりない。それでも、自分の言葉で自分なりに精一杯やってみよう。
「俺はアレクに書くから、ミユはフレアに」
「……うん」
ライアンが用意してくれていたペンと便箋を受け取り、告げられた事実と向き合う。
* * *
フレアへ
私のことを心配してくれてありがとう。そうかな? 私、自分のことに精一杯で、あんまり自信はないけど……。でも、絶対にクラウと幸せになってみせるんだ~。
でね? フレアに伝えなくちゃいけないことがあるの。私たちも神様に聞かされたんだけど……。
重たい話だから、心の準備ができたら読んでね。
私たち、神様の分身でしょ? だから、神様の見た目年齢以上には生きられないんだって。四十歳……それが元魔導師が生きられる限界らしいの。
明るい話ができなくてごめんね。次は、きっと楽しい話をしてみせるから。
ミエラ・アークライトより
* * *
途中から視界が歪んでいた。文字はところどころ滲んでしまったけれど、これが私の今だ。隠さずに伝えよう。
クラウの方を見てみると、彼も静かに涙を流していた。私の視線に気付いたのか、腕で顔を拭う。
「これをブラストン夫妻に」
「かしこまりました」
ライアンは、私たちがどうして泣いているのか分からないだろう。執事としての役割があるものの、ルーゼンベルクの屋敷ではみんなそうだ。私たちの心が落ち着くまで、いつまででも待っていてくれそうな安心感がある。
ライアンが部屋から出ていくのを見届けると、いつの間にか鼓動が速くなっていたのに気付いた。
「……よし、ミユ。これから二人だけのお茶会をしよっか」
クラウから紡がれた言葉の意味が分からず、首を傾げてしまった。
「短い命なら、なおさら今を精一杯楽しまなくちゃ」
「……そうだね」
クラウはメイドを呼び寄せ、アフタヌーンティーセットを急ごしらえで用意させた。スコーンやケーキだけではなく、クラウの好物であるポテトサラダまで用意されている。流石はルーゼンベルクの使用人たちだ。
香り高い紅茶の匂いを楽しみつつ、真っ先にクラウが手を伸ばしたのは意外にもプレーンスコーンだった。
「ポテトサラダはいいの?」
「んー。今からこうする」
次にクラウはスプーンでポテトサラダを掬うと、スコーンの間に挟んでしまったのだ。スコーンは甘いものと合う印象だから、意外な取り合わせに小さく声が漏れてしまった。
「それ、美味しいの?」
「うん。かなり美味しいよ」
心配する私をよそに、クラウはそれを一口頬張る。彼の顔は一瞬で笑顔に変わり、柔らかな瞳を私に向けた。
「ミユも食べてみる?」
「……うん」
恐る恐る返事をしてみる。スコーンは単独なら触感が楽しくて美味しい。ポテトサラダもマヨネーズとジャガイモが合わさったまったり感は好きだ。この組み合わせなら、もしかすると美味しいのかもしれない。
クラウがスコーンを半分に割り、ポテトサラダをこれでもかと乗せてくれた。
「はい」
手渡された未知なる食べ物はずっしりと重い。
「いただきます」
こういうのは勢いが肝心だ。美味しいのか疑問を持つこともやめ、一口だけ頬張った。
「……あれ?」
思っていたほどのアンバランスさはない。それどころか、スコーンの僅かな甘みとポテトサラダの塩味が絶妙に混ざり合い、唯一無二の美味しさを引き出している。
「美味しい~」
「でしょ? 俺、こういう食べ方も好きなんだ」
太陽のように眩しく笑うクラウの笑顔が、今まで見てきたクラウの中で一番輝いていたように思う。やはり、食べ物は人の幸福感を上げるのだ。
そこまで考えて気がついた。
この温かい雰囲気を作ったのはクラウなのに、エメラルドとサファイアの笑顔が離れない。私の呪いは解けないと絶望へ突き落し、クラウに解呪のためには死ねと言ったり、クラウを助けたければ私の寿命を削れと言ったり――エメラルドとサファイアにはいいだけ傷付けられた。私は納得できない。
エメラルドとサファイアは――やはり意地悪だ。
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する