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第16章 女王の涙 / 第325話
私たちの結婚式が着実に近付いている。考えるだけで胸が高鳴り、呼吸は浅くなる。落ち着かないので気分転換になればいいな、とリビングを覗いてみることにした。今日はクラウとレオニスは城に出ていて、屋敷にはいない。
リビングの扉に触れようとした時、女性たちの話し声が聞こえてきた。
「魔導師様がいなくなったから、女王制ってどうなるんだろ?」
「でも、クローディオはちゃんといるでしょう? そんなに簡単には覆らないでしょうね」
ヒルダとキャサリンだ。私にはよく分からない会話をしている。
「そっかぁ。スチュアートが王冠を被ってるところも見たかったなぁ」
ここで聞いているだけなのはヒルダとキャサリンに悪い。思い切ってノックをし、扉を押し開けた。
「お姉様、お母様、こんにちは」
「ミエラ! やっほー!」
ヒルダは私に手を振り、キャサリンも優しい笑顔を向けてくれる。
「あの……私、お二人の話をちょっと聞いちゃって」
素直に白状しても、ヒルダとキャサリンの表情は変わらない。
「ミエラには聞かれても大丈夫。でも、気になっちゃったよね」
「はい」
苦笑いをするヒルダに、私も小さく頷いてみせる。
「ほら、ミエラが女だからエメラルドは男王、クローディオが男だからサファイアは女王、そういうこと」
「魔導師の性別で王様の性別も変わるん……ですか?」
「そういうこと」
よくできましたとでもいうように、ヒルダは大きく首を縦に振る。私たちの存在が、スチュアートの人生を変えてしまった。そう読み解くこともできる。
「スチュアートのことを気にしてる?」
キャサリンの問いかけに、正直に答えることができない。口を引き締めて俯いてしまった。
「あの子は自分の運命を受け入れていますから。気に病まなくても大丈夫ですよ」
本当にそれならいいのだけれど。思っても言葉にはできず、拳を握り締めた。
「そうだ、ミエラとクローディオに手紙が届いているんですよ」
キャサリンはテーブルの上に置かれた封書のうちの一つを手に取り、そっと私に差し出してくれる。受け取って差出人を見てみると、雷に打たれでもしたかのような衝撃が走った。
サファイア国女王、リラ・ロワ・サファイア――私たちに魔導師を辞めるように説得をしてきた王のうちの一人だ。今度は何をしろというのだろう。恐る恐る、封蝋を剥がし便箋に手を伸ばす。
* * *
ミエラ・ヴァルター殿
貴殿を私の生誕祭の日に執り行われるお茶会に招待します。
注意事項は二つ。私を『陛下』と呼ばずに『リラ』と呼ぶこと。そして、誕生日プレゼントを持参しないこと。
守れるようならば、是非、お茶会にいらしてください。
貴女たち夫妻とは、いつか話したいと思っていました。女王と元魔導師ではなく、親戚として私と同じ時を過ごしてください。楽しみにお待ちしております。
リラ・ロワ・サファイアより
* * *
お茶会の内容よりも先に、宛名に目を奪われてしまった。ヴァルターはクラウの苗字で、私のものではない。まるで、結婚式を済ませたかのような書き方だ。
結婚式から目を逸らそうとしてここに来たのに、余計に意識させられてしまうなんて。頬が知らない間に熱くなる。
それにしても、『元魔導師』としてではなく、『親戚』として――リラに魂胆はないのだろうか。
「ミエラ、難しい顔をしなくても大丈夫だよ。リラはいい子だから」
ヒルダは笑うけれど、私たち元魔導師と王たちとのやり取りを知らないから楽観的でいられるのだ。この気持ちを分かってくれるのはクラウだけなのだろう。
「お茶会に呼ばれたのは私とクローディオだけですか?」
「ううん。私とセドリック、それにスチュアートとリリーも呼ばれてると思うよ」
私とクラウだけではない。いつものメンバーだ。それだけで呼吸が楽になる。思わず笑みが溢れてしまった。
「あの子がお茶会を開けるのは、年に一度だけですからね。二人とも、楽しんでらっしゃい」
「分かってるって」
キャサリンが微笑むと、ヒルダも口角を上げる。当日はきっと楽しいお茶会になる。そう信じよう。
クラウも帰宅後にリビングで手紙を受け取り、眉をしかめた。一緒にいたレオニスがそれを窘める。
「女王陛下にそんな顔を向けてはいけないぞ」
「……父さんは何も知らないから、そんなことが言えるんだよ」
私と同じような反応だ。
危険がないとは言いきれない。でも、私はヒルダの言葉を否定はできなかった。
「お姉様とお兄様、それにスチュアートとリリーも来るから。きっとビックリするようなことは言われないよ」
「それなら……うん」
クラウは納得しきれていない。それでも、頷いてくれただけよしとしよう。
「じゃあ、お茶会に着ていくドレス選びを手伝って〜。今、本を取ってくるね」
「えっ? うん……」
あまり、不信感を引き摺らせない方がいい。私たちのためにも、リラのためにも。自室に置いてあったイラスト入りのカタログを取り、リビングへと戻る。リラよりは目立たず、それでいて可愛らしいドレスに目移りするのだった。
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