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第17章 成すべきこと / 第150話
紺色のスーツに、胸元を豪華に彩る白色のフリル――上流階級の者だけが身に着けられるクラバット、黒の革靴を身に着ける。その上には、しっかりとトレンチコートも羽織る。こんな格好をするのは二年振りだろうか。少しだけむず痒い。
これから、魔法守護者――王の魔法を記録する、特別な貴族に与えられる称号である――へ会いに行くのだ。サファイアには全部で九人の魔法守護者が控えている。俺の父も魔法守護者であるが、家には近付けない。魔導師となってしまった今では、それも仕方のないことだった。
装った出で立ちに、カイルは目を見張りながらも緊張感を滲ませる。
「良いですか? 絶対に、今のお名前と本名は出さないで下さいね。額の魔導石は、女王の魔法で一般人からは見えなくなっていますから」
「分かってるよ」
魔導師の名は世界中に知れ渡っているし、本名を出せば出自がバレてしまう。今のうちに偽名を考えておいた方が良いだろうか。と言っても、すんなり候補が出てきてくれる筈もない。
「カイル、偽名を考えてくれない?」
「私がですか?」
「うん」
カイルは眉間にしわを寄せ、「うーん」と唸り声を上げ始めた。その時間は数十秒にも及んだと思う。
「そう言われると出てきませんね……。もうガブリエルにしてしまいましょう」
「ええ……」
ガブリエルとは、リエルの本名だ。何の捻りもないと思うのは俺だけだろうか。
カイルは咳払いをし、場の空気を変えようとする。
「クラウ様は、今からガブリエル様です。良いですね?」
「う、うん」
何とか返事をすると、カイルは勝ち誇ったかのように笑ってみせた。
「では、行きましょう。時間がありません」
「待って、どこにさ?」
「言ってませんでしたっけ?」
「うん」
今度こそカイルは苦笑し、頭を掻いてみせた。
「すみません。魔法守護者である男爵家です」
「あっ、あそこか」
魔法守護者の中で男爵家と言えば、あの家しかない。何度か頷き、微笑んでみせた。あの近くで魔法を使っても気付かれなさそうな場所は、あそこだろうか。
「カイル、公園の茂みの中に」
「分かりました」
返事を聞くと、早速ワープに取りかかる。天使の銅像に、雪の滑り台、かまくらなどが並ぶ、街のシンボルとなっている公園をイメージする。脇には数本のモミの木が並んでいるのだ。
光を放ちながら、ワープを果たす。瞬間、膝まですっぽりと雪の中に沈んでしまった。
「うわっ!」
「ああぁ……!」
すぐ後ろでも、カイルが情けない悲鳴を上げる。
「新雪が積もってるのは、すぐそこまでだから。頑張って漕いで」
「分かりました」
そうは言ったものの、足を動かすのは難しい。力ずくで雪を蹴り、木々を避けて漕いでいく。新雪から脱出した時には、靴の中に雪が入ってしまっていた。
「早く屋敷の中に入れてもらおう。これじゃあ、凍傷になっちゃうよ」
「はい!」
駆け足に近い速度で子供たちの間を縫い、公園を抜ける。人の少ない大通りを通り、すぐに男爵家の門前へと辿り着いた。サファイアどころか世界中で犯罪など起きたことがないので、門は開いている。雪掻きをする執事に礼をされながら、ドアノッカーの前へと到着した。カイルは一歩前へ出ると、それを握り、三回叩き付ける。
間を置かずに扉は開かれた。
「どなた様でしょうか?」
現れたのは、黒髪に少々白が混じった中年の執事だ。聞きながらも、屋敷の中へ外気を入れないように俺たちをエントランスへと迎え入れる。
「魔法守護者様にお伺いしたいことがあるのです」
「何用で?」
「『解呪』について」
カイルの一言で、執事の表情が固くなった。
「こちらへどうぞ」
コートを預け、執事の案内に従って廊下を進んでいく。通されたのは、俺には小さく感じる客間だった。調度品もそれほど多くはない。
ソファーにカイルと並んで座ると、執事は礼をして足早に部屋を去っていった。
「クラウ様、あの――」
「ガブリエル」
「あっ」
カイルは口を抑え、キョロキョロと辺りを見回す。まだ、使用人も到着していない。誰にも聞かれていなくて良かった。二人揃って吐息を吐き出す。
「ガブリエル様、呪いの説明はどうしましょう」
「死の呪い、とだけ。あとは印を絵に描けば大丈夫だよ」
「分かりました」
ササッと打ち合わせを済ませ、喉の調子を整える。ほどなくしてメイドを数名引き連れ、男爵は現れた。五十代の赤髪の男性だ。穏やかな人相の中にも緊張した瞳がこちらを捉えている。
「私が魔法守護者であることをどこで?」
「風の噂です」
カイルはしらっと嘘を吐いた。目立つ彼の青髪も、男爵の目には別の色として写っているのだろうか。
「一体、どこで?」
「エメラルドの城で、ちらっと」
これで、俺がサファイアの出身であることを隠せただろうか。
男爵は「ふむ……」と呟く。
「それで、どんな呪いなのです?」
「『死の呪い』です」
途端に男爵の瞳は見開かれた。とんでもない呪いであることは伝わったのだろう。
男爵はすぐに冷静さを取り戻し、何度か瞬きをした。
「書庫を見て参ります。少しお待ちを」
「分かりました」
互いに頭を下げる。男爵は落ち着いた様子で扉の奥へと消えていった。一軒目でぽんと情報がもたらせるなど、淡い期待はしていない。それでも、小さな手がかりだけでもあれば良いなと願ってしまうのだった。
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